衝撃波の科学寄稿 高山 和喜 氏
第5回:衝撃波と地球惑星物理とのつながり
2006/10
44. 巨大小惑星衝突(その3)
巨大小惑星衝突では、海洋中に強い水中衝撃波が発生し伝播する(図44-1)。海洋生物で、肺をもつ爬虫類や浮き袋をもつ魚類は水中衝撃波の過剰圧にさらされて死滅する。これら生物の組織構造の音響特性は水と同様であるが、肺や浮き袋は空気を含むので、これら海洋生物の体を通過する衝撃波は、気液界面で反射する。衝撃波/キャビテーション気泡の干渉で既に述べたように、液体側に引っぱり力が作用し、圧力の大きさによっては致命的な損傷を起こす。レーチェル・カーソンは「沈黙の春」の中で、水中衝撃波が作用すると魚類は浮き袋を損傷して、上に向かって沈没すると言っている。
体外衝撃波結石破砕術の開発で、肺の下部をかすめる衝撃波収束で、非常に軽微であるが肺に出血を認めた例があった。海洋生物に水中衝撃波を作用させることは禁忌で、故意に水中爆発で魚を捕ることは禁じられている。しかし、魚類に対して致死的な水中衝撃波の過剰圧の値は良く分からない。本四架橋工事に先立って、水中発破の過剰圧と魚類の致死率に関する実験が実施された。いけすの魚に水中発破の衝撃波を作用させ、過剰圧と致死率、損傷の程度をはじめてデータベースに取り込んだ。魚類は数気圧の過剰圧負荷で死んでしまう。
巨大小惑星衝突で、海洋生物は水中衝撃波伝播で容易に死滅あるいは致死的に損傷した。津波で海洋生物が死滅したという説があるが、津波の被害は海岸でのみ津波の遡上など破壊的な力を示すが、外洋では緩やかに海面が変化するのみで、映画ポセイドンアドヴェンチャーのように短周期の海面の変化は起こらない。
津波の作用に比べ、海洋生物の死滅に水中衝撃波の作用はより致命的である。しかし、海洋中を伝播する水中衝撃波は伝播と共に減衰するので、約6500万年前の巨大小惑星衝突では、パナマ地峡は開いていたので、大西洋の西側と太平洋の東の海域の海洋生物が水中衝撃波の作用で死滅したのではないかと考えている。現在、数値模擬が進行中である。
肺や浮き袋を持つ海洋生物に対して、プランクトンや海底に生息する有孔虫など底生生物(bottom dweller)の水中衝撃波に対する耐性は異なる。有孔虫は巨大小惑星衝突に起因する生物種大量絶滅に生き延びた。これを明らかにするために、松島湾の海底ヘドロから採取したostracoda に微小爆発の水中衝撃波を作用させた。爆発点からの距離を変化させ、衝撃波照射後短時間で死滅する圧力値は14 MPaであった。衝突点近傍では、海底で水中衝撃波の過剰圧は有意にこの値を超えたであろう。しかし、大西洋あるいは太平洋全域をこの過剰圧が作用したとは考えられない。また、底生生物は海底のヘドロ層に生息するので、水中衝撃波はヘドロ層で著しく減衰して、死滅効果を示さなかったと考えられる。
ヘドロ層は流速0.5m/s程度で巻きあがることが知られている。水中斜め衝撃波が海底を伝播するとき、過剰圧が数百Paでも、背後の流速はこの値を超えるので、水中斜め衝撃波伝播で海底ヘドロは舞い上がる。巨大小惑星衝突で起こる水中衝撃波背後の高圧持続時間はサブ秒と長く、海底ヘドロの舞い上がりは広い海域にあらわれる。舞い上がったヘドロが沈降して堆積層を再構築するには時間がかかる。
堆積層の再構築の結果、新しい年代を示す堆積物が古い年代を示す堆積物の下に位置するという逆転構造を作る。従来、逆転層発生の原因は強い乱流構造を持つ流れのためとされている。しかし、巨大小惑星衝突あるいは海底火山の噴火などに起因する斜め水中衝撃波伝播とその背後の流れの効果をも考慮する必要がある。また、逆転層は津波によってできるとの論文もある。地中海のサントリーニ島(図44-3)の噴火は、アトランチス大陸が一夜にして沈んだという伝説につながる天変地異とされている。このとき起こった津波は、地中海中部の海盆に堆積層逆転を作ったとされている。しかし、海底噴火は水中衝撃波を発生したと考えてよい。津波伝播では、波動は海面を伝わり海底では流速は生じない。この境界条件に従う限り、堆積層が津波によって舞い上がることは想定し難い。
地球物理の分野では、衝撃波と水中衝撃波現象を取り込んで地球進化史を議論する素地は今始まったばかりで、長い地球物理伝統の中では異端的である。しかし、ここで述べたことは、衝撃波学際研究の発展として、十分合理的な研究の発展であると信じている。
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