衝撃波の科学寄稿 高山 和喜 氏
第2回:高速流れと衝撃波
2005/10
9. 大気圏再突入(その1)
宇宙船が化学エネルギーを担保に獲得した位置エネルギーは、地球帰還の際に運動エネルギーに変換されるので、宇宙船は大気圏を秒速約7km以上で通り抜ける。その周りには非常に強い衝撃波が形成され、衝撃波背後の空気温度は容易に1、2万度を超える(図9-1)。空気を構成する酸素分子がまず解離し、次に窒素分子の解離、微量のアルゴン原子が電離する。解離した酸素、窒素原子は一部電離し、また、化学反応で一酸化窒素分子とオレンジ色の輻射を発する。だから、大気圏再突入する宇宙船は、オレンジ色の火の車に乗って負債を返すことになる。また、宇宙船は弱電離プラズマに包まれるので、外部からの電波を遮蔽し数十秒間交信が途絶する。
このとき、宇宙船は輻射と境界層を通しての熱伝達で加熱され、放置すると宇宙船は先端から溶け、いわゆるアブレージョンが起こる。これを防ぐためにアポロ指令船の底面には熱容量の大きなポリカーボネート樹脂層で、また、スペースシャトルでは巧妙に設計された耐熱タイルで覆われている。しかし、コロンビア号の事故では、耐熱タイルの脆性による剥離が致命的な原因となった。大気圏再突入は宇宙開発の最終的な技術の難関で、宇宙船の空力加熱からの熱防禦技術は未だ成熟していない。運動エネルギーは熱エネルギーに変換され、その大部分は宇宙船の後流を通して放出される。この過程を通して宇宙船には大きな抗力が働いて亜音速になり、パラシュートを開傘できる速度に減速される。
通俗科学では、隕石が光り輝く尾を引くのは高速で突入する隕石と地球大気との摩擦で発熱した結果と解説している。間違いだとは言わないが、まず、衝撃波背後の高温発生で宇宙船全体が光り輝くプラズマに包まれたためと言って欲しい。隕石表面では境界層を通して温度上昇が起こる。隕石は宇宙の極低温になので、その内部には非常に大きな熱応力が発生し、また、大気圏再突入の加速と減速によって生じる内部応力で分解する。空力加熱という述語が新聞やテレビ記者、科学解説者に馴染みがないのは残念である。
大気圏再突入の基礎研究には未解決の問題が多く残されている。例えば、分子と解離した原子で構成される空気中を飛行する宇宙機の操縦は、常温常圧の空気の場合とは非常に異なる。このように組成を変えた気体を実在気体と呼び、実在気体が発現する様々な効果を実在気体効果と呼ぶ。時代とともに、実在気体のデーターベースは完備されている。しかし、酸素、窒素の解離、再結合常数や微量の炭酸ガス、水蒸気、アルゴンを含む実際の空気でのこれらの反応常数を高い精度で特定することが重要課題となっている。
高温の境界層での壁摩擦や壁面熱伝達を正確に見積ると、宇宙機の揚抗力係数やモーメント係数も正確に求められ信頼できる操縦が可能になり、また、信頼できる経済的な熱防禦が可能になる。これらの情報は有人飛行を達成するために必須なデータである。また、経済的な有人宇宙飛行では、信頼性を追求するあまり過度の冗長設計は許されない。その基礎として、実在気体効果の研究は再び重要な課題になっている。
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