衝撃波の科学寄稿 高山 和喜 氏
第1回:衝撃波はどこに現れるか
2005/09
2. 衝撃波類似現象(その1)
新聞やテレビ放送記者に報道の原則とは何かと聞いたら、「正しい情報をより速く伝えることだ。」と答えた。情報には価値があり、号外の発行や番組を中断して伝えるテレビニュースは、重要な情報はより速く伝わる事実を示している(図2-1)。一方、連続媒体中の運動を記述する基礎式は、圧力の高い部分はその値に比例する速度を誘起し、この情報は音速と誘起速度の和で伝わり、要するに超音速の圧力波となる。だから、爆発などで一瞬エネルギーが蓄積され高圧が発生し、それが解放されるとき、その情報は音速を超えて伝わり衝撃波が発生することを説明している。音速を越えて伝わる波は、波が来るまで予測できないので衝撃波と言う。「寝耳に水の驚き」とは日常の暮らしに現れる衝撃波疑似体験である。衝撃波は連続媒体中の非線形波動の属性で、その複雑な運動を説明する数理モデルも構築されているが、理論考察とは別に、報道の原則、噂や情報伝播など衝撃波類似現象があることは注目に値する。
飛行機が着陸し乗降口が接続されると、列を作って待っていた乗客は出口に動き出す。前の人の動きに誘導されて人の動きは列の後方に伝わる(図2-2)。この速度は遅くせいぜい毎秒数十センチで、これは人の流れに現れる情報伝達速度、音速に等価である。一方、人の歩行速度は容易に毎秒1メートルを超えるので、人列の流れは超音速流れに等価である。このとき、誰かが急に立ち止まると、あるいは転ぶと後ろの人は前の人に密着して立ち止まるかぶつかって転び、玉突き衝突あるいは人のかたまりは列の後ろに伝わる(図2-2)。同様のことは、自動車の流れにも現れる。高速自動車道で急停止した車に後続車両が玉突き衝突することは希ではない。人や自動車の流れに起こるの玉突き衝突と伝播は、超音速流れに置かれた物体周りの衝撃波の発生機序に類似している。
図2-3は小学生に列を作ってもらって先頭の生徒から歩き始めたとき、列の途中で突然誰かが立ち止まると、その人の後ろに瞬間的に玉突き衝突ができて、列の後方に伝わることを実証しようとした実験のビデオ記録である。画像から、人の運動開始位置の時間変化は、人の流れの音速に等価で、約0.8 m/s、人列の移動速度は1.5 m/sで、明らかに人の動きは超音速流れに類似する。その結果、先頭から5列目の人が急停止すると、静止した人の後ろに2,3人が重なって、玉突き衝突が現れた。玉突き衝突面は一瞬成長したかに見えたが、流体とは異なり、後方の生徒は玉突き衝突の発生を見て直ぐに減速したので、人の流れは音速以下、亜音速流れ、に減速し衝撃波は消滅した。人が駆け足で動くときには、高速自動車道の玉突き衝突事故を模擬できるかもしれない。現実には、誰かが怪我をする可能性のある実験は許されないし、また、それを避けるためによく訓練した生徒を使って取得したデータは、もはや自然発生の結果ではなくて捏造に近い。
パニックの発生と伝播は心理学の問題ばかりでなく衝撃波類似現象の見地から解明できるかもしれない。人間を特別な分子間ポテンシャルを持つ分子モデルで置き換えて、その分子群で構成された群衆にパニックを発生して、その伝播を考えた。人間を分子モデルで置き換えて、分子動力学の手法を援用して集団の動きを模擬する試みである。しかし、人間を分子モデルで表現するのは容易でない。人列の玉突き衝突実験のデータは単純化されすぎ、この結果から分子間ポテンシャルを推定するのは乱暴だった。そのために、300リットルの水槽にメダカ200匹を入れて飼育し、メダカ間の情報伝達のデータを取得するためのビデオ撮影を試みた。メダカは水槽の横を人が通るたびにパニックを起こしたので、窓を黒布で覆い、給餌法、水温制御、汚物処理の貝や水草の取り入れ、酸素補給など、世界中のメダカ飼育の専門家に問い合わせ、考えつく工夫を試みた。
メダカが相互に個体を認識するのは音(微圧変化)でなくて視覚で検知しているらしい。しかし、メダカの感覚器は体にそって分布しているので、背後から接近する個体を音で感じているらしい。しかし、メダカを健康状態で飼育して偏りのないデータを取得する準備は容易でなかった。1年間種々努力して、生き物を使った実験の難しさを経験してこのプロジェクトを断念した。将来、もし、事情が許せばもう一度実験を繰り返してみたい。
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