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CAEと品質工学寄稿 芝野 広志 氏  高木 俊雄 氏  平野 雅康 氏

応用編:CAEと品質工学の融合とは

2005/08/05

3. 後輩との会話から・・・

 もう10年ほども前の話である。会社にCADが入った頃の話である。CADで仕事している後輩に「何をしているの?」と問いかけた。「コンピュータ解析(CAE)で得た値が、実物を計測した値と合わないで困っている」との返事がかえってきた。「どうするの?」と聞くと、「実物計測値にあわせるために、シミュレーションソフトの中の定数を変えようとしている。今その定数の値を求めている」との回答であった。この後輩とのやり取りの中でCAEをまったく知らない私は以下のことを考えた。

  1. 実物があるのにCAEを使っているのが疑問。実物を必要なくするためにCAEがあるのでは? いったいCAEの目的は?
  2. ヘぇー! 値が合わないんだ。でも合わなくて当然なのに・・・

 これらの考えについて説明をする。

 まずAについて説明する。前章の「品質向上活動とは」をふまえて考えて頂くと、ご理解いただける読者も多いと思うが、後輩はQAのためにCAEを利用していたのである。品質工学がCAEを利用するのは、QEである。QEでは実物がないので、「実物計測値と解析値が合うかどうかの検討は無意味」なのである。

 続いてBについて説明する。実物計測値と解析値が合わない理由を考えると、おおむね次のようなことがあげられる。

理由1 実物を計測した計測器の誤差が大きい。もしくは計測器が故障している。
理由2 実物が故障している。
理由3 実物が不安定である。実物に対するノイズの影響が大きい。
理由4 設計定数間の交互作用がある。
理由5 CAEが間違っている(理論の間違い 何らかのバグ)。

 理由1は計測器の問題である。理由2は実物=計測対象の問題である。理由5はCAEの問題である。これらの問題は計測器やCAEという分野の専門家の問題であるから、ここでは論じない。ここで問題とするのは理由3(実物の(不)安定性)と理由4(設計定数間の交互作用)である。ここまで読んでいただいた読者は次の

理由3(実物の(不)安定性) ⇔ SN比(安定性のものさし)
理由4(交互作用) ⇔ 直交表(交互作用の検査)

の関係に気づかれたと思う。このことに気付いていただければ、この応用編の目的は果たしたと言っても良い。
  実物はノイズと呼ばれるモノの影響をうけてばらつくため、不安定であると言える。安定性設計と言われるパラメータ設計を施していない実物はなおさら不安定である。実物(試作)を作らずにCAEで開発設計を行う場合に、実物が安定する条件を求めなければならない理由はここにある。第3シーンQEで用いるCAEで解析するものは、SN比(安定性のものさし)でなければならないというのが筆者の考えである。この考えが、実物計測値と解析値が合わない理由3に対する筆者の対処方法である。
  実物計測値と解析値が合わない理由4を述べる前に、交互作用について説明する。ここでいう交互作用とは設計定数(品質工学では制御因子という)間の交互作用であり、設計定数とは実物を作るために決めなければならない条件である。図面に書く寸法や材料、さらには加工条件など、実物を作るために決めなければならない条件は相当数ある。それら設計定数の間に交互作用があるということは、たとえば設計定数Aと設計定数Bが互いに影響しあうと言うことである。
図1 CAEと実物の交互作用  設計定数間の交互作用とCAEとの関係をイメージしたのが図1である。左側の大きな円は実物をイメージしている。実物内にはたくさんの設計定数がある。その一つが設計定数Bである。小さな円はCAEモデルや理論式をイメージしている。その中にも設計定数があり、その一つが設計定数Aである。設計定数は相当数あるが、CAEで研究できるのは実物内設計定数の一部なのである。設計定数AはCAEで研究するモノであり、設計定数BはCAEで研究しないモノである。ここで注意を要するのが、設計定数Aは実物の設計定数でもあるということだ。図1に示したイメージから、設計定数AとBの間に交互作用があれば、そして互いに影響しあえば、実物計測値と解析値が合わないというのは普通の状況かもしれないと気付くのである。これが前述のBである。

 設計定数間の交互作用が第3シーンQEにおいてCAEの活躍を阻むのである。そこで設計定数間に交互作用があるかどうか検査をしたいのである。交互作用の存在の大きさを検査するために直交表を用いるのが品質工学の立場であるが、実物に通用する情報がCAEで得られる(た)かどうかCAE内の(実は実物内にも存在する)設計定数を使って検査するのである。CAE内で設計定数間に交互作用がなければ、CAE外の設計定数との間にも交互作用がないと考えるのが普通であろう。交互作用がなければCAEで得た情報が実物に通用する可能性が高いと考えられ、CAE内で交互作用が大きければ実物には絶対通用しないと考えられるのである。

  直交表の目的として、「実験回数を減らすこと」と述べている場合を良く見かけるが、品質工学で直交表を用いる目的は「設計定数間の交互作用の大きさを予測すること」である。このことをしっかり理解してほしい。



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