理論
CALPHADって何?
CALPHADは「CALculation of PHAse Diagrams」を短縮したもので,本来の意味は「状態図計算」で,合金の熱力学的性質を表すGibbsエネルギーから状態図を計算することです.現在ではもっと広く,熱力学的性質の実験値や液相線,溶解度などの状態図的実測値を解析して,合金のGibbsエネルギーを温度,圧力,組成の関数として評価し,このGibbsエネルギーを用いて状態図を計算するという一連の工程までも含めています.またこのような手法を「CALPHAD法」と言います.
Gibbsエネルギーを表記するのに用いられる数値を「熱力学パラメータ」と言い,これらを複数集めてデータベース化しもものを「熱力学データベース」と呼びます.Thermo-Calcで状態図をはじめとする熱力学的平衡状態を計算する際に必要不可欠なものがこの「熱力学データベース」です.
溶体モデル(Gibbsエネルギー表記モデル)について
状態図をはじめとする熱力学的平衡状態を計算するためには合金系のGibbsエネルギーが温度,圧力,組成の関数として計算できる形になっている必要があります.このためには,熱力学的に考えられた近似式を用います.
Gibbsエネルギーの表記に用いられる近似式には正則溶体(近似)モデル,副格子-正則溶体モデル,会合溶体モデル,イオン溶体モデル,準化学溶体モデルなど30以上あります.
CALPHADで用いるGibbsエネルギーの表記法には特にどのモデルを用いるかという制約はありません.また,Thermo-Calcではほとんどすべての溶体モデルを用いることができます.
現在の熱力学データベースは主として,金属系の液相には正則溶体モデル,固相には副格子-正則溶体モデルを,また酸化物などイオン結合性が強い系の液相にはイオン溶液モデル,固相にはイオン格子モデルを用いて解析されています.
同じ相のGibbsエネルギーを表記するのに複数のモデルを混在させることはできませんが,相が違えばそれぞれに異なるモデルを用いることは可能です.
ただし,市販の熱力学データベースを使用する場合は,どのような溶体モデルを用いているかを気にされる必要はほとんどないでしょう.
純物質のGibbsエネルギー
純物質は単一元素あるいは一定の原子比で構成され,組成変化がないので,温度Tと圧力Pの関数で記述されます.このとき関数形には特別な制約はありません.
温度依存性の関数形としてよく用いられているのは次の形です.
G = a + b*T + c*T*ln(T) + d*T^2 + e*T^3 + ... + f*T^n
a, b, ..., f は定数です.
nには正負の整数のほか±1/2が用いられることもあります.
ただし,Thermo-Calcではnに整数しか許されないので,例えば
f*T^(-1/2) = f*exp( (-1/2)*ln(T) )
と変形し,次のように関数 LNT を
LNT = lN(T)
とあらかじめ定義して,Gibbsエネルギー式中では
f*EXP( - 0.5*LNT )
と記述します.
Thermo-Calcは温度依存性を必ずしも温度の連続関数として表記しなくてもJANAFの熱力学数表のように表形式で記述することもできます.
圧力依存性の関数形も基本的には温度関数と同じですが,圧力項にかかる係数が温度によって変化するので,少々複雑になります.
ただし,Thermo-CalcではBirch-MurnaghanモデルやGPVT(Generalized PVT)モデルを用いる場合には,温度,圧力の複雑な関数形そのままではなく,モデル中の係数だけを入力するように簡略化できます.
CALPHAD法で用いる実測値について
Thermo-CalcにはCALPHAD法つまり実測値からGibbsエネルギーを温度,圧力,組成の関数として評価するための解析ツールがPARROTモジュールとして備えられています.
CALPHAD法で用いられる実測値としては,大きく分けて状態図的情報と熱力学的情報があります.
状態図的情報とは,状態図中に現れる情報のことで,熱分析で得られる液相線,X線マイクロアナライザーもような局所分析装置を用いれ得られる二相共存や三相共存合金中の各相の組成の組(共役線)などがあります.顕微鏡的な観察から得られる合金が単相であるか二相共存や三相共存という情報も古い文献にはよく見られますが,これらはそのままでは解析に用いることはできません.
熱力学的情報とは,比熱,混合熱,活量など合金の熱力学的性質の測定値です.
最近では,第一原理計算など理論計算で得られた値も実測値として解析に用いている論文も見られます.このようなデータは準安定状態のように実験することが困難な状態における熱力学的情報を得られるので,今後はもっと活用されるでしょう.
CALPHAD法ではGibbsエネルギーを記述するためにある近似モデルを用います.解析にはGibbsエネルギー中の未知の定数を決めるに必要な数の実測値を用意します.二元系の場合で大まかに言えば,一組の共役線からは二ケ,液相線や溶解度の場合一点からは一ケ,熱力学的実測値からはそれぞれ一ケという計算になります.