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衝撃波の科学寄稿 高山 和喜 氏

第4回:衝撃波の医療応用

2006/04

23. 水中衝撃波の医療応用(その1)

図23-1 経皮的結石破砕術 1981年秋、東北大学医学部泌尿器科 桑原正明助教授の訪問があり、放電で発生する衝撃波を制御できないかとの依頼だった。これが衝撃波研究と医療が結びつく契機で共同研究が始まった。
 当時、体表から腎臓まで段階的に開けた直径10mm程度の通路、経皮的腎瘻孔(percutaneous nephrostomy channel, PNC)に内視鏡と組み込んだ小さな電極を挿入して結石に密着させて放電し、このとき発生する衝撃波の過剰圧は腎臓結石の破壊強度を超えるので結石は鉗子で取り出せる大きさに破砕するのが、最先端の腎臓結石除去術だった(図23-1)。これは従来の腎臓切り開いて結石を取り出す外科手術に比べて低侵襲的で患者の負担は比較的軽微だった。しかし、電極を間違って腎臓内壁に接触させて放電すると大出血を伴うので、放電を制御して指向性を持った衝撃波発生ができないかということが共同研究の課題だった。

 米粒大で半切の回転楕円体を作りその内部の焦点で微小電極を放電し、衝撃波を外部の焦点に収束させて結石表面に高圧を作用させれば、指向性を持った衝撃波伝播が可能になることを提唱した(図23-2)。このように小さな回転楕円体容器を短期間にどう製作するか模索が始まった。丁度その時、1982年冬、アメリカ泌尿器科学会で、飛行艇の製造で有名なドイツ・ドルニエ・システム社が体外衝撃波結石破砕装置(図23-3)を開発し、その臨床応用に成功したとの報告があった。この速報に、目から鱗が落ち、「一を聞いて十を知る」と言う例えを経験した。要するに、今準備していることと同じ原理で、体の外から衝撃波を体内に収束させた。

図22-1 パルスレーザー光照射による水中でのアジ化銀発破表23-3 ドルニエ社ESWL装置(ドルニエメディカルシステムズ(株))と球状衝撃波 結石症は古くから知られた病気で、古代エジプトのミイラにも腎臓結石が残されているのが発見されている。結石症は地中海沿岸から東南アジアに至るストーンベルトと呼ばれる地帯に顕著に現れ、食事文化も影響しているらしいが、気候が原因で水の補給が重要な要因で、第二次大戦中北アフリカ戦線で戦ったイギリス軍兵士に腎臓結石症が多発したと言われている。
 外科治療発展史では、膀胱結石の切除が重要症例の地位を占め、膀胱結石は中世ヨーロッパの外科の中心的な治療対象だった。パスツール以前の外科手術は、患者にとって命がけだったと想像する。近世になってオーストリア・ハンガリー二重帝国の首都ウイーンはヨーロッパ文化の中心地で、ナポレオン戦争の講和会議を開かれ、同時に当時の外科治療の頂点を極め、結石切除術はそこで発展した。
 1950年に、ソ連のユートキンは尿道から電極を挿入して膀胱結石に接触させて放電し、結石を破砕する治療法を提案した。この方法は1967年モントリオール万国博に出品され世界中の泌尿器科医の注目を集め、1970年前半までに世界の膀胱結石治療中心技術になった。結石を破砕しているのは水中衝撃波の働きであるが、衝撃波という言葉はどこにもなく、電気水圧切石術(electro-hydraulic lithotripsy)と呼ばれていた。水中放電で衝撃波発生は知られていたが、医療に衝撃波作用が認知されるには時間を要した。その後、この方法に世界中の多くの泌尿器科医が様々の工夫改良を試みた。1973年、細い電極を内視鏡と組み込み上部尿路の結石破砕が試みられたが、大きな腎臓結石は摘出できなかった。1976年、経皮的腎瘻孔を経由して結石摘出が提唱され、結石破砕に超音波振動子、パルスレーザー照射、また、電極の放電が採用され、結石破砕の機序に衝撃波作用の関与が認められるようになった。

図23-2 半切回転楕円体を用いた衝撃波収束

 ドイツにはマッハ以来の衝撃波研究の伝統があり、マッハの学生で後にドイツ・フライブルグ市エルンスト・マッハ研究所の所長になったシャルディン教授の教えを受けたホイスラーは、海水中での衝撃波収束を兵器に応用する技術を結石破砕の着想に結びつけた。この着想は水中衝撃波のマッハ数は1に近く音の性質を持つが、弱い非線形性も保有する。従って、水中で回転楕円体の第一焦点で発生した球状衝撃波は、最初大きな過剰圧を伴って伝播し反射してほぼ第二焦点に収束し、瞬間的に高圧を発生する(図23-2)。一方、半切の回転楕円体の内部の焦点で衝撃波を発生すれば、直接波の一部は開口面を通して減衰するが、内部に伝播する衝撃波は曲面で反射して外部の焦点に収束する。しかし、衝撃波は伝播距離とともに急速に減衰し、また、曲面で反射波面の入射角と反射角は僅かに異なるが、反射衝撃波背後の過剰圧は焦点近傍で加速度的に高まり、ピンポイントではなく進行方向に引き延ばされた第二焦点を中心とする領域に収束する。

図22-1 パルスレーザー光照射による水中でのアジ化銀発破と球状衝撃波 表23-1に示すように、人体の音響インピーダンスは水に近く、脂肪層の音響インピーダンスは水のそれより2~3%低く、筋肉では4~5%高いので、衝撃波は人体中をもほぼ水同様に透過する。しかし、衝撃波は屈折、反射を繰り返し散逸するので過剰圧は一様媒体中の伝播以上に減衰し、高い過剰圧を示す領域もやや広がる。また、腎臓結石の破壊強度は高々8 MPa程度なので、結石の大きさの半分程度の半値幅を持つ数十MPa程度の高圧に曝されれば、結石は破砕される。砂粒の大きさに破砕された結石の破片は、膀胱を経て尿と共に自然排泄される。この着想は、ルードヴィッヒ・マクシミリアン大学医学部のショーシー教授に引き継がれて非観血的体外衝撃波結石破砕装置(Extracoorporeal shock wave lithotriptor ESWL)に発展した。この装置は外科手術なしに腎臓結石を破砕除去するもので医療の歴史で1980年代の最も画期的な発明である。従来、衝撃波の破壊作用は負の技術と評価されたが、この発明は衝撃波が人類の福祉に直接貢献する例となり、衝撃波医療という新分野を形成した。



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