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武蔵工業大学 工学部 都市工学科 構造材料工学研究室 吉川弘道 教授 様独自の「教育3点セット」で学生の理解を深める。
今注力しているのは「次世代耐震設計法のための地震リスク」

お話を伺った方

武蔵工業大学 吉川教授吉川 弘道 (よしかわ ひろみち)教授
工学博士、技術士


1975年早稲田大学理工学部土木工学科卒業、間組技術研究所勤務を経て、現在、武蔵工業大学教授。
1992年から1993年米国コロラド大学土木環境建築工学科客員教授。
1987年度日本コンクリート工学協会賞(論文賞)、土木学会吉田賞(論文賞)、
1989年度土木学会論文賞を受賞。
2007年度第53回構造工学シンポジウム論文賞
専門は、コンクリート工学,応用力学,耐震工学。

武蔵工業大学は、1929年に開校した武蔵高等工科学校を前身とし、1949年の学制改革に伴い大学となり、機械、電気、建設の3工学科が置かれました。1957年に建設工学科が建築工学科、土木工学科に改編、2002年に土木工学科を都市基盤工学科に、2007年4月に都市工学科と改称し現在に至っています。

都市工学科は、主として道路、橋、河川など我々の生活を支える社会基盤設備の整備と維持管理を目的とする工学の教育・研究を行っており、構造材料工学研究室は新しいテーマとして、コンクリートの破壊力学、鉄筋コンクリートの解析、耐震設計/地震リスクに力を注ぎ、コンクリート工学という面から社会の安全・安心の向上に努めています。

今回は、構造材料研究室の吉川弘道教授に教育方針や研究内容について伺いました。

構造材料工学研究室が目指すもの

構造材料工学研究室では、コンクリート工学についての教育・研究を行っています。コンクリート構造物は、耐久性や経済性に優れた構造材料であるため、古くから建築物や土木構造物に用いられてきました。しかし、近年、コンクリート構造物の事故をはじめ兵庫県南部地震で起こったような高速道路の高架橋の崩壊や損傷、海洋構造物の早期劣化などコンクリート構造物の安全性が問われる事態がしばしば現れています。

そこで構造材料工学研究室では、コンクリート構造物のよりよい設計を目指して、学部の学生についてはまず基礎的な学力を身につけるために、数学と力学を基本に、化学、生物学、地学の基礎を学びます。その上でコンクリート工学および鉄筋コンクリートについて実験、実習、シミュレーションを通じてコンクリート構造物の知識や技術を習得させることに努めています。また、大学院生については、鉄筋コンクリート構造物の耐震設計などの教育と研究を行っています。

「教育3点セット」で体験的な授業を実践

大学における講義というと、硬い教科書、黒板への板書を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、余計な解説を施すよりも、わかりやすい体験的授業の方が学生の理解は深まります。そこで実践しているのが、研究室のオリジナルな「教育3点セット」です。テキスト、ツール、ホームページという3つを有機的に結び付けて立体的な授業を行っています。

【教育3点セットの概要】

(1)写真や図、演習問題を多用したわかりやすい教科書と演習書(完全シラバス付き)

この10年間で4冊のオリジナルテキストを作成しました。学部用の教科書は『鉄筋コンクリートの設計』(丸善出版)、演習用は『土木練習帳』(共立出版)、大学院用教科書は『鉄筋コンクリートの解析と設計』(丸善出版)などで、いずれも図や写真を多用するとともに、演習問題も充実させ、わかりやすく、学びやすいテキストになっています。例えば、コンクリートの破壊など実際の挙動や現象の説明、数学的記述を伴うモデル化の過程、図表や写真・イラストによる解説、演習問題の4つを必須項目と考え、これらをわかりやすく配置しています。このようなテキストに加え、教育体系とシラバスを明示する必要があることから、12大分類、84小分類からなる学習項目一覧表を作成、“大学版公文式専門科目”といえるものを試行しています。

(2)目で見て手で触れられる教育ツール

工学教育では、手で触れ、目で見る教育ツールは、理解を深める点できわめて優れています。私はこれを「視触覚教材」と読んでいます。“見て”、“触れて”、時には“叩き”、“壊す”ことから覚えてもらうためです。これらの視触覚教材ツールは、すべて自分達の手づくりか、自分達が設計したものを専門業者に製作してもらっています。これまでに10数種類製作しましたが、代表的なものとしては、「鉄筋コンクリート梁のスケルトン模型」「振動応答習得機」「鉄筋コンクリート梁の縮尺模型」があります。
「鉄筋コンクリート梁のスケルトン模型」は、コンクリート部を透明のアクリル樹脂で作り、内部に配筋(ステンレスで作成)し、コンクリート内部の配筋構造を3次元で見ることができます。

<写真1>鉄筋コンクリート梁のスケルトン模型 <写真1>鉄筋コンクリート梁のスケルトン模型

「振動応答習得機」は、下部の架台にさまざまな振動模型を装着し、架台を手動で動かすことで振動応答を知ることができます。この架台を手で動かすところがミソになっています。

写真2:(a)静的応答(強制変位) (a)静的応答(強制変位)
写真2:(b)動的応答(地震荷重) (b)動的応答(地震荷重) <写真2>振動応答習得機(静的荷重と動的荷重)

「鉄筋コンクリート梁の縮尺模型」は、小型の鉄筋コンクリート梁の実物を作成し、載荷実験で破壊させ、実際のひび割れの進展やコンクリートの破壊・剥離状況を観察するものです。

写真3:(a)曲げ破壊   (a)曲げ破壊
中央支間(純曲げ区間)にて、曲げひび割れが下縁から3~4本程度発生し、中立軸にまで及んでいる。やがて引張鉄筋が降伏し、その後圧縮側(上縁側)のコンクリートが圧縮破壊し、終局に至った。
     
写真3:(b)せん断破壊   (b)せん断破壊
中央支間にて曲げひび割れが数本発生するが特に発達せず、同時に、左右両側のせん断スパン腹部にて、微細な斜めひび割れが認められた。左側せん断スパンにて急激に斜め割れが発達/開口し、終局に至った。
<写真3>鉄筋コンクリート梁の縮尺模型(染材部の載荷試験)
(3)静止画と動画を満載した授業用ホームページ

インターネットが広く普及した今日、Webは授業用の小道具として極めて優れたツールといえます。構造材料工学研究室では1999年春に授業用ホームページ『もっと知りたいコンクリート講座 』、通称『知りコン』を開設しました。このホームページは、授業用と研究用・学外用から構成されています。

『知りコン』は、学生が興味をもつよう、専門のクリエーターにデザインを依頼し、ニワトリの親子の可愛らしいイメージキャラクター※2をつくり、併せてバナーも作成しました。ただ、コンクリートのイメージ が、なぜニワトリの親子なのか、理由は忘 れました(笑い)。
このような授業用ホームページは、学生の予習復習の効率化はもちろん、種々の配布資料や課題を自宅でも入手できるため、学生にとって利便性が高まると同時により深い理解に役立っているものと思います。試験問題も過去10年分をオープンにしているので、学生にとって『知りコン』は必須のものとなっています。

『知りコン』は、エンジニアや研究者の方々が結構見られているようで、学会や研究会でも評判で、週に300ほどアクセスがあります。

<『知りコン』>のイメージキャラクター
<『知りコン』>のイメージキャラクター
■授業用『知りコン』の構成   ■研究用・学外用『知りコン』の構成
(1)15週分のシラバスと参照箇所や課題を含む授業の要点
(2)授業の提出課題と締め切り後の解答
(3)授業内容に関するメモや過去の試験問題とその模範解答・解説
(4)メールによるさまざまなQ&Aを公開した「授業大質問コーナー」
  (1)企業や役所のエンジニアおよび他大学の学生向け「だれでも質問コーナー」
(2)コンクリート貯蔵容器や橋梁、実験状況、学術講演会などさまざまな写真資料を掲載した「Civil Engineers’ Galleria」
(3)RCゼミナール、耐震設計講座、技術英語入門、研究室活動などからなる「電子サイバー講座」、等

Webセミナー『鉄筋コンクリート構造物の耐震設計講座』を実施

3年ほど前から、CTCのホームページにある「civil-eye.com」でWebセミナー『鉄筋コンクリート構造物の耐震設計講座』を連載しています。この講座は大学院生や実務を担当しているエンジニア向けの中級レベルの講座です。現在、第6講「各種コンクリート構造物の耐震設計法」を紹介しています。

 この講座は、現場のエンジニアやコンサルタントの方がよく見ているようで、Googleで「耐震設計」でアクセス件数が一時トップになったほどです。現在でもベストテン入りしており、かなり人気のセミナーだと自負しています。「Webセミナー」は、自分自身の研究を整理したりする上でも有効で、我々教育者にとってWebのうまい使い方だということを発見しました。

『鉄筋コンクリート構造物の耐震設計講座』は、すでに200頁を超えており、年内にはこれをもとに加筆・修正して丸善出版から出版予定です。

地震リスク解析とリスクマネジメントに注力

兵庫県南部地震以来、我が国では耐震工学が大きなテーマとなっています。そうした中で、最近、地震リスク解析が注目されています。建築分野では、すでに建物を証券化する際などに地震リスクが取り入れられていますが、土木分野は遅れているのが現状です。そこで今注力しているのが、次世代耐震設計法の指針となる地震リスク解析と、総合的な地震防災計画を立案・実行するための枠組みとなる地震リスクマネジメントで、その工学的な定義について研究と教育の両面で行っています。なるものと思います。

地震リスクは、「地震の発生確率×被害発生の確率×そのときの被害規模」であり、従来の耐震設計が「これだけの地震に耐えられる」ことを照査することにあったのに対し、地震リスクは「これだけ壊れるかもしれない」ことを示すものです。これは、さまざまな意思決定に利用できる工学的指標となるものと思います。

図1:(a)地震動の伝播(震源断層から基礎~構造物まで) (a)地震動の伝播(震源断層から基礎~構造物まで)
図1:(b)フラジリティ曲線 SFC:Seismic Fragility Curve (b)フラジリティ曲線 SFC:Seismic Fragility Curve <図1>地震リスク解析のイメージ(地震動伝播のイメージとフラジリティ曲線)

耐震設計というものは、いくらでも強度を増すことは可能ですが、1000年に1回の大地震にもビクともしないものはオーバー設計であり、ある程度被害が出ても人的損害が出ないようにするにはどの程度のレベルの耐震設計がいいのかを判断するためのものといえます。

今、土木や建築に限らずさまざまな分野で「安全・安心」がいわれていますが、我が国でも建設から50年以上たった構造物が増えつつあり、その維持管理が重要になってきました。こうした既存の構造物を安全かつ長寿命化する上でも、地震リスクと地震リスクマネジメントは今後重要になると思います。

実験・数値シミュレーションを主に「アートコンクリート」も

エンジニアリング系学生は、ものごとの現象をモデル化して解析と設計をします。そのためには数学や物理学の基礎知識が求められますが、なんといっても粘り強く興味をもって、失敗を恐れずに積極的に取り組む姿勢が大切であり、学生にも常々そのことを言っています。

コンクリート工学に限らず工学は実験が基本ですので、梁と柱の模型をつくり、応力をかけて悪い壊れ方、いい壊れ方などを目で確かめ、鉄筋の組み方などを学ばせています。しかし、実験は時間とコストがかかるため頻繁には行えないというのが実情です。それを補うという面からも、また、設計の現場でも数値シミュレーションが主流になっていることからも、数値シミュレーションに力を注いでいます。また、土木分野でも創造性が求められており、創造性を育むという点からコンクリートを使った芸術・工芸作品の製作も取り入れています。私はこれを「アートコンクリート」と名付けました。

<写真4>「アートコンクリート」の例 <写真4>「アートコンクリート」の例

パートナーとしてのCTCへ期待

CTCとのお付き合いは、10年ほど前に3次元骨組み構造物非線形動的解析システム「DYNA2E」を導入したことに始まります。現在は、地震危険度・基盤加速度予測システム「D-SEIS」や非線形応答スペクトル算定プログラムも導入、解析・シミュレーションに活用しています。それは、これらのソフトウェアが商用コードでありながら、研究・教育ツールとしてもたいへん優れているからです。この3本のソフトウェアをセットで導入している研究室は他にないのではないかと思います。

CTCは、耐震エンジアリングのソリューション企業では我が国のトップを行くものであり、製品の開発のみならずさらに一歩踏み込んで、我々のパートナーとして一緒にやっていきたいと思っています。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
吉川先生には、当社で開発した“ソフトウェアを適用した教育・研究”や、当社のホームページで実施していただいている“Webセミナー”等、いろいろな場面でたいへんお世話になっております。当社科学システム事業部の業務の大きな柱である“耐震・防災”は、先生のご専門であるコンクリート工学・応用力学・耐震工学と非常に密接しており、先生の研究成果は非常に参考になるものと認識しております。現在、吉川先生および他機関、当社が協力して“地震リスク研究”を進めており、早く成果を出したいと考えております。
長い時間のインタビューをありがとうございました。(聞き手:CTC亀岡)

大学・研究室概要 吉川先生のホームページ
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