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コラム:衝撃・安全

熱海土石流災害の数値シミュレーション

材料・工学技術部 応用技術第1課 津田 徹

[2021/11/25]

1.はじめに

土砂災害は、がけ崩れ、地滑り、土石流の3つのタイプに分類できます。これらの災害は主に山などの傾斜地で発生し、その誘因には、台風や前線の停滞による大雨、地震、火山活動、人工的な掘削などがあります。
現代の日本では、土砂災害が毎年1,000件前後発生しており、ここ数年では、2014年の広島県を中心とした大雨による大規模な土砂災害、2017年の福岡県や大分県の九州北部豪雨による土石流と山崩れ災害、2018年の岡山県などを襲った西日本豪雨による土砂災害などは未だ記憶に新しいところです。そして今年2021年7月3日に静岡県熱海市の伊豆山地区において大規模な土石流災害が発生しました。被害として、死者26名、行方不明者1名、被害家屋131棟と報告されています。この原因として、盛り土の造成時において、崩落を防ぐための必要な措置が行われなかったことが指摘されています。
ここで、先に述べた土砂災害のうち、土石流は水と固体粒子材料の高濃度な混合物の重力による高速非定常流れであり、その流れの調査は危険防止と緩和の観点から非常に重要です。CTCでは、今年発生した熱海市の伊豆山地区の大規模土石流災害を対象に、複雑な流体と個体粒子間の構造相互作用を考慮した土石流の影響を再現できる数値モデル手法の構築を試みましたのでその一部についてご紹介します。

2.土石流の状況

熱海市および新聞発表によると、熱海市の伊豆山地区の元は谷だったところに総量7万4千m3の土砂が階段状に固められて盛り土が形成されていたとのことです。ここに大量の雨水が侵入し、その盛り土から推定約5万5千m3の土砂が土石流なって谷合の地形に沿って時速約30kmの勢いを保って流れ下り、市街地の狭い範囲に流れ込み、土砂が住宅をなぎ倒していきました。最終的に土石流は全長2km、被災した範囲は延長1kmに渡ったとのことです。

3.シミュレーション手法

シミュレーション手法として、LS-DYNAに統合されたSPH(Smoothed Particles Hydrodynamics)、DEM(Discrete Element Method)、FEM(Finite Element Method)による流体-粒子-構造相互作用アプローチ(FPSI手法)を用いました。このFPSI手法は、土石流に対し、液相をSPH、岩石などの固相をDEMでモデル化し、地形や変形可能な固体構造をFEMでモデル化して、それらの相互作用を同時に扱う手法です。この手法により、土石流の伝播による構造物への衝撃力の大きさや破壊を予測することが可能となり、今後ハザード分析とその軽減のための有望なツールと期待されています。

4.モデル化と解析条件

先ず、地形のモデル化領域は、下流域での土石流の運動は土石流の河道の形状やその距離の影響を強く受けるため、土石流の起点となった盛り土域から被害が発生した下流域までの約4.73km2としました。なお、伊豆山を含む熱海市の市街地の地形データをG空間情報センター1)から入手しました。
次にモデル化として、土石流を水と土砂の高濃度な混合流体と見做しSPHでモデル化し、岩石などの固相は第一段階の評価としてここでは無視しました。図1にシミュレーションモデルを示します。ここで、地形は剛体とし約120万のシェル要素(メッシュサイズは約3m四方)で、土石流はSPH(粒子数は約14万点)でモデル化しました。各物性情報などは紙面の関係上割愛します。境界および荷重条件として、図1(b)の茶色で示した盛り土部の土砂(SPH)に重力加速度を載荷しました。

図1 熱海市伊豆山地区のシミュレーション範囲

(a)実際の被災現場(朝日新聞より) (b)シミュレーションモデル

図1 熱海市伊豆山地区のシミュレーション範囲

5.シミュレーション結果

図2に土砂の流出の様子を計算開始後の時刻とともに示します。時刻185sec時から土砂は市街地に流れ込んでいることが判ります。

(a) 20sec

(a) 20sec

(b) 55sec

(b) 55sec

(c) 185sec

(c) 185sec

(d) 225sec

(d) 225sec

図2 土砂の流出状況

6.おわりに

この流体-粒子-構造相互作用アプローチには、次の3つのプロセス、すなわち、(a)流体-粒子間の相互作用プロセス、(b)流体-構造間の相互作用プロセス、および(c)粒子-構造間の相互作用プロセスがあります。これまで様々な実際的な制約や課題のために、これらの流体-粒子-構造の相互作用が同時にモデル化された事例は多くありません。今回の報告では、土石流問題に対しLS-DYNAにより統一されたSPH-DEM-FEMアプローチを使用した事例に取り組みました。現時点では、未だ実際の被害状況と比較するところまでの検討は進んでいませんが、今後、岩石などの固相を考慮し、より詳細なモデルで検討を進めていく予定です。
最後に、災害大国と言われる日本では、これらの土砂災害の人的および物的な被害を最小に抑えるための施策が強く求められています。CTCではそのためのヒントなる取り組みを今後も続けてまいりたいと考えております。

脚注

1)G空間情報センターとは、産官学の様々な機関が保有する地理空間情報を円滑に流通し、社会的な価値を生み出すことを支援する機関であり、2012年3月に政府で閣議決定された地理空間情報活用推進基本計画に基づき設立され、一般社団法人社会基盤情報流通推進協議会が運用を行っているものです。

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