コラム:超音波・電磁技術
材料・工学技術部 応用技術第2課 入谷 佳一
[2021/01/29]
ボルトの軸力や残留応力を計測する方法として、超音波により応力を測定する方法が広く用いられています。これは、応力に応じて音速が変化する現象(音弾性効果)を利用したものです。しかしながら、超音波を用いた計測装置では応力、音速が一様であることを前提としていることが多く、例えば、ボルト中は一様な引っ張り応力状態であると仮定したボルト締結力の計測の際に、フランジ角度の傾きや穴中心からのずれ等に起因して曲げ応力が生じていると、この前提を満たせず締結力の測定精度が低下する、または計測できないといった現象が発生します。
このように一様でない、より一般的な応力分布を示す場合に超音波はどのように伝搬し、受信信号はどう変わるか、今回、構造解析と超音波解析の連成によるシミュレーションを行い、確認した試計算結果についてご紹介いたします。
今回使用した試計算モデルを図1(a)に示します。曲げ応力による違いが確認しやすいように、鋼板の下側と上側にそれぞれ支持点と荷重点を設け、荷重変位を与えて4点で曲げ応力が発生するモデルとしています。
まず初めに、構造解析ソフト LS-DYNAを利用して荷重変位1mmのときの最大主応力分布を計算した結果を 図1(b)に示します(Step1)。上側からの荷重変位により鋼板下側が引っ張り応力状態にあるのが確認できます。
次に、Step1で求めた最大主応力を音弾性関係式により縦波音速に変換した結果を図1(c)に示します(Step2)。応力に応じて鋼板下側の音速が低下していることが確認できます。
次に、超音波解析ソフト ComWAVEを利用して、鋼板の右端から縦波(10MHzのウェーブレット波形)を入力したときの超音波伝搬過程、受信信号について計算した結果をそれぞれ図2、図3に示します。超音波解析の入力データとして材料の音速と密度を入力する必要がありますが、ここでは横波音速、密度は一様とし、縦波音速にはStep2で求めた値を設定することで音弾性を考慮するようにしました。また、応力の大きさによる違いを見るため、荷重変位を変えた全4ケース(荷重変位なし、荷重変位0.01mm、0.1mm、1mm)について計算を行いました。
図2のCase0(荷重変位なし、曲げ応力なし)の結果より、材料が一様であるため入射した波面は鋼板の水平方向に対して垂直なまま伝搬している様子が確認できます。また、波面上下端が鋼板表面で反射すると横波となって尾を引き、さらに横波が鋼板表面で反射して縦波に変換されることで、入射した波面に遅れて弱い縦波の波面が成長する、これが繰り返されて縦波の波面が一定間隔で形成されているのが確認できます。
一方、荷重変位あり(曲げ応力あり)のCase1~3の結果より、荷重変位(曲げ応力)が大きくなるにつれて、波面が前方に傾き、波面中心が下側に移動している様子が確認できます。
図3の受信信号の振幅を比較すると、荷重変位(曲げ応力)が大きくなるにつれて、最大振幅は小さくなっており、Case3にいたっては波面が崩れて受信信号がほとんどゼロであることが確認できます。また、振幅が最大となるタイミングを比較すると、Case0、Case1では最初の波が最も大きいものの、Case2では後続の波で最大となっているのが確認できます。したがって、判定閾値によっては波の到達時刻が後続の波で判定されて、ボルト締結力の測定の場合、実際には締結力が足りなくても十分な締結力があるものとして判定される可能性があります。
今回の試計算を通して、構造解析により求めた応力分布から音弾性効果による縦波音速分布を作成し、超音波伝搬解析を実施することで、一様でない応力下での超音波伝搬挙動を確認できました。今後はモード変換により生じた横波の速度変化についても考慮できるように、音弾性効果を考慮した異方性材料の剛性マトリクスの構成の検討や、他の外部ツールとの連携についても検討していきたいと思っております。
[1] 入谷佳一、大西慶弘、構造解析を用いた音弾性効果を考慮した超音波伝搬解析の実現と展望、一般社団法人日本非破壊検査協会 2020年度第1回超音波部門講演会
[2] 入谷佳一、ComWAVEの先進超音波解析システムへの進化、CAE POWER 2020講演資料
[3] 福岡秀和編、音弾性の基礎と応用、オーム社1993、p.9
超音波解析ソフトウェア ComWAVE
http://www.eng-eye.com/ComWAVE/
非線形・動的・流体構造連成シミュレーションツール LS-DYNA
http://www.eng-eye.com/LS-DYNA/