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コラム:製造・構造

LS-DYNAの方向性

材料・工学技術部 応用技術第1課 早川 尊行

[2020/11/25]

LS-DYNAは主に衝撃解析に用いられる汎用の構造解析プログラムとしてその名を知られています。また、マルチフィジックスに力を入れているソルバーであるという角度でも広くその存在を知られています。特にR7で導入されたICFD、EM、CESEといったマルチフィジックスソルバーが解析の幅を大きく押し広げました。従来から実装されていた伝熱ソルバーと連成することで、非常に広範な現象が扱えるようになったと言えるでしょう。

LS-DYNAは元々「マルチ」という言葉が好きなソフトウェアとしても知られていました。

  • マルチフォーミュレーション:様々な解析手段(陰解法、陽解法)や要素定式、材料モデルを提供。
  • マルチプロセッシング:並列化処理に力を入れています。特に大規模問題に対するMPPのチューニングへの情熱は留まるところを知りません。
  • マルチフィジックス:構造・伝熱・流体・電磁場の連成をインターフェースを介することなく提供しています。
  • マルチステージ:リスタート機能を用いた多段階の解析(例:塑性加工→衝突解析)といったことにも非常に力を入れてきました。

以前はその目指すところとして、このマルチという言葉に関して説明していれば十分だったのですが、最近はどうやらもっと野心的なソフトウェアになって来たようです。本稿では、その一端を紹介したいと思います。

まずはマルチという言葉に関わるところからご紹介しましょう。
1つはマルチスケール解析という角度です。ミクロな構造からマクロな構造の解析をつなぐ技術として、代表体積法(Representative Volume Elements(RVE))があります。従来からある手法のままでは膨大な計算時間がかかってしまうことから、開発者らは機械学習を取り入れたDeep Material Network(DMN)を実装し、計算時間を大幅に圧縮することに成功しました。樹脂流動解析の結果から、現実的な時間内で高精度な構造解析を実施する手法が実現されています。実際にはまだ開発中の機能で、現時点では簡単には利用できませんが、今後、複合材に関する解析を行う上で、無視できない機能となってくることでしょう。

図1 Multiscale Simulation:Deep Material Network(DMN)の概要([1]より引用)

図1 Multiscale Simulation:Deep Material Network(DMN)の概要([1]より引用)

マルチプロセッシングのところで、大規模問題に対するMPPのチューニングに情熱が注がれていることを述べましたが、具体的には数千万要素規模(ロールスロイスのジェットエンジンモデル)の陰解法の計算を題材にその作業が進められています。従来であれば数百コアで処理速度が頭打ちだったところ、ボトルネックを地道に解消して、今では数千コアになっても処理速度が向上するようになってきているようです。なかなかそういった計算リソースを用いる機会はないでしょうが、今まではそもそも論で諦めていた規模の計算が行えるようになったという点で、新たな地平を切り開いていると言えるでしょう。陰解法のソルバーについては、Ansysの開発チームとも連携して今後の作業が進められていく様子です。

他に、マルチフィジックスという角度でもその進化は留まるところを知りません。特にリチウムイオン電池の解析に関する機能拡張は著しく、R12での主なアップデートとして、新たなリチウムイオン電池のモデル化手法が組み込まれています。元々、伝熱解析と構造解析、電磁場解析の連成という複雑な解析を行っていましたが、さらに電気化学的な現象やICFDソルバーとの連成(例:液体による端子のショート)も扱えるようになり、これまでの単純な衝突による大変形に留まらない問題を扱えるようになりました。これらのリチウムイオン電池に関する解析を1つのソフトウェアでカバーできることは、LS-DYNAの大きな特徴と言えるでしょう。

流体に関する各ソルバーも改良が続けられています。ICFDやS-ALE(※)については、使い勝手の向上が図られている印象です。S-ALEでは、数千万要素を用いた解析のニーズがあるようで、それに耐えうるよう改良が続けられています。圧縮ありの流体解析に用いるCESEソルバーについては、燃焼(爆発)を伴う解析に今も力を入れており、混相流を扱うための機能拡張があったようです。LS-DYNAらしく、計算速度への考慮が常になされています。(※S-ALEはStructured ALEの略で、従来からあるALE/Eulerよりも容易にALE要素を作成でき、計算時間やメモリ使用量を削減したもの。同規模の問題で従来のALEに比べ40%程度、計算時間が短縮される。S-ALEはコードが刷新されており、昨今のALE関連の改良はS-ALEで行われるようになっている。)

少し新しい角度として、Co-Simulationというものがあります。協調解析とでも呼べばよいのでしょうか。以前から、Matlab/SimulinkとLS-DYNAの連成解析を行う例がありましたが、そのためにはユーザーサブルーチンを書いて、自らの手でインターフェースを実装する必要がありました。今回、R12で追加されたキーワードと別途配布されているFMI Managerを用いることで、同種の解析を行うことができるようなりました。センサーの制御アルゴリズムをMatlab/Simulinkで、自動車やエアバッグのモデルをLS-DYNAでモデル化し、協調して解析を行うといった例が開発元によって紹介されています。制御アルゴリズムによってLS-DYNAの解析内容が変わりますので、システム全体の設計という視点で大きな前進になったのではないでしょうか。これまでの構造解析にはなかった潮流と言えます。

図2 Co-Simulation:LS-DYNAとMatlab/Simulinkの連成解析([2]より引用)

図2 Co-Simulation:LS-DYNAとMatlab/Simulinkの連成解析([2]より引用)

この他にも様々な機能拡張、改善が行われています。それらの詳細を紹介することはまた別の機会に譲りますが、上記を含めた改良の方向性の1つに、「隣接する領域との垣根を無くす」といったことを志向していることが挙げられるのではないでしょうか。象徴的なのが、今回ご紹介したCo-Simulationであったり、Deep Material Network(DMN)といった試みであると思われます。前者であれば制御アルゴリズムの設計と構造解析の同時実行、後者であれば樹脂流動解析の結果を構造解析の入力に用いることができるようになります。どちらも実物では地続きの作業として行われるものですが、解析においてはその間に大きな溝があり、シームレスに実行するというわけにはいきませんでした。こういった拡張によりこの垣根が取り払われることで、より大きな括りで解析を行うことができるようになります。解析技術がより活用されやすい環境を生み出していくことでしょう。今回は特にご紹介しなかったIGA(Iso Geometric Analysis)なども、この文脈で捉えることが可能と思われます。

LS-DYNAの開発元を買収したAnsysも、あらゆるフィールドの解析コードを統合しようと試みている様子が伺えますので、似た方向性を志向しているように感じられます。LS-DYNAは One Code Strategy(=すべての解析機能を1つのコードで提供)を採用しているので、アプローチは異なりますが目指すところは似ています。

今後、どのような道に進んでいくのか、楽しみにしたいところです。新たな動きがあれば、改めてお知らせしたいと思います。

関連製品についてはこちら

非線形・動的・流体構造連成シミュレーションツール LS-DYNA http://www.engineering-eye.com/LS-DYNA/

参考文献(図表の引用元)

[1] Zeliang Liu, Haoyan Wei, Tianyu Huang, C.T. Wu, “Intelligent Multiscale Simulation Based on Process-Guided Composite Database”, 16th international LS-DYNA User Conference, 2020.

[2] Xiaomeng Tong, Isheng Yeh, “Cross-Platform Co-Simulation for Vehicle Safety Analysis”, 16th International LS-DYNA User Conference, 2020.