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千葉大学工学部 都市環境システム学科 都市防災科学研究室 中井正一 教授 様地盤や建築工学から人間工学まで
広い視野で学際的に都市防災を研究

お話を伺った方

京都大学 中井 正一 教授
工学博士

研究テーマ
  • 地盤防災、地盤-基礎構造の相互作用、環境振動、人の行動シミュレーション
経歴
  • 1950年生まれ。
  • 73年東京工業大学工学部建築学科卒業。
  • 79年同大学大学院理工学研究科博士課程中退。
  • 78年清水建設入社。
  • 97年から現職。
  • 主な著書に『杭基礎の設計法とその解説』(土質工学会)、『入門・建物と地盤との動 的相互作用』(日本建築学会)、『知的システムによる建築・都市の創造』(博報堂出版 など)(いずれも分担執筆)。

千葉大学工学部は、それまでの8学科を1998年に「都市環境システム学科」「デザイン工学科」「電子機械工学科」「情報画像工学科」「共生応用化学科」の5学科に統合・改組、後に「メディカルシステム工学科」を新設し、現在は6学科となっています。

都市環境システム学科は、従来の8学科を再編するにあたり、コミュニティ、過疎・過密、ごみ・廃棄物、景観、環境汚染、防災、水源、エネルギー、リサイクル、通信網、交通網といった、都市が抱える多様な問題に対し、横断的な視点から取り組むために 新設されました。同学科には、国立大学には珍しい夜間主コース(Bコース)が設けられ、社会人も多数学んでいます。

今回は、都市環境システム学科の「都市防災科学・中井研究室」を訪問し、中井正一教授にお話を伺いました。

興味ある分野を軸に、広い視野をもった研究者の育成を目指す

私は、10年前に大手ゼネコンの研究室から千葉大学へ来ました。ゼネコン時代は耐震設計・耐震解析を専門としていましたが、大学では国や企業ではなかなかできない、地域に密接に関係する研究とは何かを考えた結果、都市防災をテーマに据えることにしました。阪神・淡路大震災の経験から、広い視野を必要とする都市防災研究はチャレンジングな研究テーマであると思えたからです。

当研究室では、都市防災と環境保全の観点から、都市における生活や環境の安全性・快適性を損なうリスクの存在を明らかにし、これを未然に防いだり最小限にとどめるための方法論を追求しています。このため、建築系の構造工学、地盤工学など個別のアプローチではなく、もう少し広い視野から複雑な都市環境問題に総合的に取り組むことで、自然災害、特に地震による被害を極力減らしたり、交通振動の軽減を図るなど、都市で暮らす人々の安全性、快適性の向上に役立つ研究を進めています。

具体的には、地盤構造を明らかにすることによって地震被害を予測し、有効な防災対策を立てるための「地盤防災」、地震時の地盤の震動が基礎構造や上部構造に与える影響と耐震性能の高い新しい基礎形態の研究を目的とする「動的相互作用」、高架橋周辺地盤の振動応答予測や自動車交通による騒音と振動の相関と人体への影響についての「環境振動」、地震等による災害時に建造物が倒壊した際の人間の行動を予測する「行動シミュレーション」の4つの研究を行っています。

これらの研究には地盤や構造物はもちろん、人間心理まで含めた学際的な広い視野が 求められます。一方、各分野ごとに深い知識も求められることから、学生には自分が一番興味をもって軸足を置く専門を決めた上で、学際的な研究をするように指導しています。

防災の基礎となる地盤と地形をデータベース化

地盤工学の分野では、1万年以上前からの古い地盤を洪積地盤(固い地盤)、1万年前から今日までにつくられた新しい地盤を沖積地盤(柔らかい地盤)と呼んでいます。当研究室の地震に対する安全性の研究は、これらの地盤を伝わる震動を考えることにより、都市問題にアプローチするという方法をとっています。そこでまず必要なのが地盤や地形の把握です。

千葉大学のある南関東は、台地と谷底(こくてい)平野(谷津田)と呼ばれる低地からで きており、地盤の性質が場所によって異なります。さらに、造成や埋め立てなどにより、もともとの地形・地盤が地表からでは分からない場所もあります。しかも東京や横浜以外は、地盤データが十分に整理されていません。

そこでまずは地形・地盤データの収集から始めることにしました。地盤データについ ては、標準貫入試験と呼ばれるボーリング調査結果を中心に、千葉市内で2千数百本、県内で約1万4千本を収集、そのコンピュータ入力だけで3、4年という多大な労力を要しました。それでも地形の複雑さを考えると、まだまだ不十分というのが実情です。

工学部でありながら古文書から過去の土地利用も調査

地形については、かつてその土地がどのように利用されていたかを知ることが大切です。そうすることにより、古い時期の、すなわち元々の地形が分かります。そのため工学部でありながら、古い時代の資料を調べたりもしています。資料の収集は大変ですが、学問上有益なことだと思っています。

都市防災の研究では、地震時の揺れが地形・地盤によってどのように変化するかを調べるとともに、建物の揺れが地盤によってどのように影響を受けるのかを知ることが必要です。そこで常時微動計測と呼ばれる振動測定を千葉市内250ヵ所で実施するとともに、地震計を千葉大学キャンパス内に6ヵ所、また千葉大の宿舎のある稲毛駅近くの小仲台に1ヵ所、さらに千葉県と東工大・東大地震研の協力で東京湾岸に3ヵ所設置して地震観測を行っています。

一方、地震被害の全貌をとらえるためには、現在の建物情報も欠かせません。建物情報は従来自治体から提供してもらっていましたが、個人情報保護法の施行以来入手が難しくなっています。窮余の策として、建物の階数や用途が掲載されている住宅地図をもとに、独自に千葉市全域の建物情報をつくりました。ここでは、3階建て以上は非木造、平屋や2階建ては、個人名であれば住宅とし、そのうちの一定比率を木造建築と仮定して分類しました。最近の戸建住宅がどのような構造形式で作られているのかを調べるために、住宅展示場に出かけて販売員に近年の住宅事情を聞くなどしてその比率を決めました。

このように都市防災の研究は、非常に多岐にわたる情報が必要であり、基本データの整備だけでもかなり地道な努力が必要とされます。

図1 密集市街地における災害時の避難シミュレーションのための小仲台モデルの構築 図1 密集市街地における災害時の避難シミュレーションのための小仲台モデルの構築

CTCのDINASで地盤の振動特性を検証

地震防災の研究では、地盤の震動特性の的確な把握が重要です。そこで小仲台地区の崖近傍地盤における振動特性の変化について、常時微動およびFEM解析を行いました。

小仲台地区は大半が台地で、地盤は地表から5m下までがローム層、その下部は砂質土となっています。また、地区の中央部には、幅250m程度の谷底平野が東西に走っています。台地と谷底平野の境界は、高さ10m程度の斜面となっていて、一部で改変がなされていますが、概ね自然斜面になっています。

この地区における地盤調査結果にもとづいて同地区の地盤モデルを作成し、FEMによる2次元周波数応答解析と1次元波動伝播解析を行って、微動H/Vスペクトル(常時微動計測結果に基づく水平動と鉛直動のスペクトル比)との比較を行いました。このうちの2次元周波数応答解析に、CTCが開発した構造物・地盤連成地震応答解析システム「DINAS」を使っています。

微動H/Vスペクトルと伝達関数(表層地盤の増幅率)を比較した結果、2次元の解析によって崖直上の極めて大きいピークが再現できること、また、崖斜面から離れた地点においても2次元の解析結果と微動H/Vスペクトルは形状・卓越振動数ともに高い相関を示 すことがわかりました。また、崖突端付近を除けば、1次元解析よってもおおむね妥当な結果が得られることが検証できました。

DINASは、このような解析にはたいへん有効なツールと言えます。

図2a 崖近傍地盤の振動特性の検討のためのFEM解析の例 <例1>
図2b 崖近傍地盤の振動特性の検討のためのFEM解析の例 <例2>
図2 崖近傍地盤の振動特性の検討のためのFEM解析の例

密集市街地での災害では人はどう行動するか

阪神・淡路大震災を例に出すまでもなく、大規模地震が発生した際、密集市街地では火災や建物の倒壊などで、相当数の街路が通行不能となる街路閉塞が発生、非難や救急救助活動に大きな支障を及ぼすことが予想されます。

そこで研究の一環として、千葉市でも人口密度が高く、戸建住宅が密集している小仲台地区のプロトタイプモデルを構築し、災害時の避難行動をシミュレーションで検証しました。このシミュレーションには、道路や建物などのデータが入ったGISをもとに、 地震による道路封鎖、火災などの災害シミュレーションおよび災害現場で活動するエージェント(市民、消防隊、救急隊、道路啓開隊の4種)を包括してシミュレーションできるRCR(RoboCup Rescue)シミュレータを用いました。

シミュレーションは、地震発生から5時間後までについて、街路閉塞ヵ所を0、50、100、150ヵ所の4ケースで想定、それぞれの生存率、避難率、残存体力数がどうなるかを予測しました。今回のシミュレーションでは火災は発生しないとの仮定で行いましたが、今後は地震後の火災などを加味し、さらに各エージェントの行動との相関を検討していきたいと考えています。

図3 密集市街地における災害時の避難行動シミュレーションの例 図3 密集市街地における災害時の避難行動シミュレーションの例

研究者が真の研究に没頭できるツールの開発に期待

防災対策の推進は、データにもとづいて議論することが大切です。地震をはじめとする自然現象は、何らかの偏微分方程式で表すことができます。

しかしながら、今日あるソフトウェアは、研究の目的によってはそのまま利用できないこともあるため、その場合には自分達の手で高度化したり、全く新たに開発する必要があります。この場合、研究以前の仕事に多くの労力が費やされているというのが実情です。現在利用できるよりも高度で先進のソフトウェアが開発されれば、我々研究者は目的とする研究にすぐに着手できるので、この分野の研究がもっと進むことは確かです。

今後、より広い都市というスケールで地震に対しての安全性の研究を進めたいと考えていますが、そのためにも我々研究者がやりたいことができるツールの出現とともに、CTCのさらなるサポートを期待しています。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
私が10数年前当時に原子力建屋の耐震性能評価(動的相互作用試験シミュレーション)を行っていたとき、中井先生(そのときはゼネコンに所属されていました)は正に“動的相互作用”の大家であられ、先生の論文を読んで非常に参考となった記憶があります。今でも、地盤の動的解析分野で多くのサジェスチョンをいただいております。今後、発生のリスクが高くなる大規模地震に対して、中井研究室での研究成果が“地震災害の防災・減災”というキーワードで社会への安全・安心に役立つことに期待しております。
長い時間のインタビュー有難うございました。(聞き手:CTC亀岡)

大学・研究室概要 千葉大学工学部 都市環境システム学科 都市防災科学研究室

http://pollux.tu.chiba-u.jp/ 

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