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京都大学大学院 工学研究科 社会基盤工学専攻 地質工学研究室
松岡俊文 教授、山田泰広 助教授
アナログモデル実験から数値シミュレーションまで

お話を伺った方

松岡 俊文 教授松岡 俊文 教授
工学博士・技術士(応用理学)


研究テーマ

  • 地殻・地盤を対象とした地質学的情報の解析技術とその工学的応用
  • 地質構造の形成や物質移動現象に関する数値モデル解析
  • 各種物理探査技術の資源開発と土木地質分野への応用

山田 泰広 助教授山田 泰広 助教授
Ph.D. in Geology (London)


研究テーマ

  • モデル実験及びシミュレーションによる
    地質構造形成過程の解析とその資源開発・防災工学への応用
  • 二酸化炭素の地中固定に関する実験的な研究
  • 地層流体移動と地質変形モデリングに関する研究




京都大学 京都大学大学院の社会基盤工学専攻は、2003年に旧土木工学専攻の一部と旧資源工学専攻の一部を改組して、新たに組織されました。 同専攻では、地球上の生命生息空間とその中の構築物、地下に存在する資源を研究対象とし、基本的な社会基盤の構築、資源・エネルギーの有効利用と、安全で持続可能な地球社会創出のための技術革新に挑戦しています。
地質工学研究室は、「環境から資源まで“人類と地球”に関わる工学的課題への地球科学の挑戦」をテーマに、地下探査に関する幅広い研究を進めています。
今回は、松岡俊文教授と山田泰広助教授にお話を伺いました。

地質工学研究室の目指すもの

「地質工学」の研究対象には岩盤工学から資源探査まで幅広い分野が含まれます。 従いまして、当研究室では1つのテーマを深く掘り下げるだけでなく、幅広い視点からアプローチすることや、一つの成果を多方面に応用する可能性を常に意識しております。

また当研究室での研究対象は、時間軸(数万年など)や長さ軸(数kmから数百km)などが大きいことから、解析を行う際には通常の工学的な研究よりは広い視点が必要とされると思います。

当研究室に関係の深い研究室として、社会基盤工学専攻にはジオフィジックス(地球物理)研究室があります。 ジオフィジックス研では、さまざまな探査手法を用いて地球環境の「いま」を取り扱っているのに対し、地質工学研では時間の流れを考慮した解析を行っております。 つまり過去の姿を理解し、現在の姿を詳細に解析することで、将来に起こりうる変化を高精度に把握できるかも知れないと考えております。 たとえば、シミュレーションで現在の地質状態に非常に近いものが再現できた場合、そのシミュレーションの次のステップで何が起きるかを観察することで、近未来予測が可能となるわけです。

地質学はもともと理学部で研究が進められてきた分野ですが、そこでのアプローチは「自然現象の法則性を明らかにしよう」というものです。 しかし当研究室では、「問題解決型」のアプローチを採用しております。 つまり何か解決したい課題があって、そのために研究開発を行うということが基本的なスタンスです。 これは理学部と工学部の決定的な違いかもしれませんね。

一般に地質学の研究方法はアナログ的で、定量的な議論はあまりなされてこなかったように思います。 しかし、誰が調査計測・解析を行っても同じ結果が出るようでなければ、工学的な手法になりません。 この意味からも、コンピュータ技術を利用した数値解析的な手法の研究を進めています。

粒状体モデルや個別要素法を用いたアプローチ

地下地質体の挙動を数値解析するための手法として、これまで地下の岩盤を連続体として扱い、連続体の基本方程式を有限要素法や境界要素法を用いて解析するというアプローチが採用されてきました。 しかし地質体は一般に不均質かつ不連続であるため、このような解析だけでは結果の妥当性に疑問が残ります。 特に、岩盤の破壊現象に伴って発生する不連続面を取り入れた解析は、このような連続体近似に基づく手法では困難でした。

そこで、私たちは地質体を粒状体の集合体としてモデル化する個別要素法(DEM)を用いたアプローチを採用しました。 現在では、 CRCの個別要素法による粒状体挙動解析コードPFC2D、PFC3Dや有限差分法(FDM)解析コードFLACを導入して、研究を進めています。

図1:PFCによって再現された地質の短縮構造 図1:PFCによって再現された地質の短縮構造

地質変形現象を解析するための優れた手法にアナログモデル実験というものがあるのですが、この実験手法とPFCを用いたシミュレーションを組み合わせて解析を進めるアプローチについて、山田助教授が研究しています。

アナログモデル実験を個別要素法を用いたシミュレーションで再現 │(山田助教授)

アナログモデル実験は、地質の変形構造がどのようにして形成されるか解析するために約100年前から行われてきた歴史ある手法です。

地質の変形現象は、数万年から数百万年という途方もなく長い時間をかけて生じるものです。 またそのサイズも数キロメートルから数千キロメートルという非常に大きいものです。 したがって、これらは人間が感覚的に把握できるものではありません。

そこで、この現象がどのように生じるものなのか私たちが理解するためには、人間の時間感覚・長さ感覚に合うように現象を縮小することが必要になります。 その手法の一つがアナログモデル実験なのです。

一般的には、現象が生じる時間を数時間から数日程度に、長さも数十センチメートルから数メートル程度に短縮した実験が行われます。 このくらいに縮小してやっと人間が理解できるようになるのです。

この方法の登場によって、地質の変形がどのようにしてできるのか、変形の「形」が持っている意味は何なのか、などについて非常に理解が進みました。 実験によって、教科書が書き換えらえたことは非常に多いのです。

アナログモデル実験は、特に最近20年ほどの間に非常に進化して、数多くの実験が行われるようになりました。 これは石油会社のおかげです。 石油会社が油田・ガス田を探すときには、地下の地質構造がどうなっているか把握する必要があります。 石油や天然ガスは、地下地質が変形しているところに取り残されるようにして貯まっていることが多いからなんですね。 そこで、ある場所で石油・ガスを探すときには、その地域の地質がどのような形に変形しているのか、その形がどのようにできてきたのか理解することが必要になります。

石油会社によって、石油・ガスがありそうな場所の地下地質の形を再現しようと非常に多くのアナログモデル実験が行われました。 その結果、この方法によって世界中の地下地質の形を非常によく再現できることや、実験で観察された「変形のでき方」が実際のものとほとんど同じであることなどが分かりました。

特に実験材料に乾燥砂やガラスビーズなどの粒状体材料を用いた実験は、地質の変形現象を定量的に縮小したものであるということが理論的に確かめられました。 現在では粒状体モデル実験は石油探査のための非常に有効なツールとしての地位を確立しています。

私たちは実際に粒状体モデル実験を行って多くの成果を得ておりますが、その結果からもっと情報を抽出するための研究も進めています。 その一環として、モデル実験を数値シミュレーションと組み合わせることによって、より多くの情報を高精度に取得することができるのではないかと考えています。

数値シミュレーションの良いところは、解析結果を数値で取り出すことができることです。 モデル実験では内部応力などの情報を精度よく取得することが難しいので、この部分はシミュレーションに担当してもらうほうが良いでしょう。 一方、シミュレーションの入力パラメーターを決定するためには、モデル実験の材料物性や実験の設定を参考にするとうまく行くことが多いのです。

モデル実験の成功は「地質体を粒状体の集合体として近似できる」ということを示しています。 そうならば、解析対象を粒子の集合体として近似する個別要素法を用いたシミュレーションは、地質現象を解析するためのツールとして非常に明るい未来を持っているのではないでしょうか。

図2:アナログモデル実験によって再現された地質の短縮構造 図2:アナログモデル実験によって再現された地質の短縮構造

地質工学の強力なツールに発展する可能性

先に述べましたが、地質工学研では時間の流れを考慮した解析を行っております。 粒状体モデル実験は時間軸をきっちり組み込んでおりますので、連続的な地質の変化を説明できるわけです。 しかし実験特有の限界もありますので、これを数値シミュレーション化できれば、かなり力強いツールになるでしょう。

それから、地盤を連続体として考えると断層のような不連続現象が取り扱えないことにも注意を払う必要があります。 個別要素法のPFCのようなツールを使うことによって、不連続体である粒子の集合体を用いて連続体を表現することもできるわけですから、そこも魅力的なのではないでしょうか。 土砂災害などのシミュレーションにも、いまはPFCが使われていますし、連続体が割れたとき、すなわち断層ができたときに地震波が発生するという現象などをシミュレーションしたいときにも有効な手法です。 実際、弾性波が弾性体を破壊するホプキンソン現象というシミュレーションを行いましたが、個別要素法を用いて非常によい解析ができました。

これからPFCの様な考え方は、流体と連成させることによって、土木分野ではセメントを地下にグラウチングするときのセメント粒子移動のような問題、地質分野では川や海で土砂が堆積する素過程と呼ばれている問題、石油開発分野では石油貯留層での石油や泥水などの流体挙動などにも応用可能と考えています。

コンピュータソフトウェア導入の問題点

研究室でPFCのような市販のコンピュータソフトウェアを利用する際の一番の悩みは、使用している学生が卒業してしまうと、そのソフトに精通している人がいなくなるということです。 基本的なところは私たちももちろん理解しています。 しかしいざ使おうとすると、具体的な操作方法とかパラメータをどう決めるかなどといった細かいところまではなかなか手がまわりません。

そもそも専門的な市販ソフトはある程度の知識をもったエンジニアが使用することを前提として作られているので、学生が使いこなすまでにはやはり相当の努力が必要になります。 試行錯誤でノウハウを身に付けても、修士課程2年で卒業してしまうと次の学生はまたゼロからということになりかねません。 そこを上手に引き継ぐことが、大学研究室の大きなテーマかもしれません。

研究室の教育方針

私たちの研究室では、常に先端に近い研究を進め、学生にもそうした研究に携わってもらうという方針をとっております。 いまのほとんどの学生は、修士課程を修了した後は企業に就職しますので、そのときまでに必要な知識を与えようというのも1つの教育方針です。 しかし私たちは、学生には先端の研究に直接携わる機会を与えることこそよい経験になると考えています。

学生の研究テーマの選択については、あるトピックスについてじっくり取り組むことも必要ですが、ある程度のタイミングで柔軟に変えることも奨励しています。 せっかく研究室で複数の研究プロジェクトが動いているのですから、一つに限定することはもったいないと思いませんか。 研究室にいる間の数年間で多くのことを経験してもらいたいですね。

研究成果を発表する場として、ジオフィジックス研究室と共同で毎年3月に東京で研究発表会を開催しています。 学生を全員連れて行き、発表はすべて学生に担当させます。 大学にいると社会との接点が少ないので、企業や研究機関の方と議論をしたり、就職について話をしたりする場を与えるためにも、こうした催しを開いているのです。

海外の学会にも積極的に参加させています。国際的な学会で発表するのは良い経験になります。 どのような質問がきてもよいように理論武装するための準備が教育になるのです。 また、そういう経験を持った学生は、きちんと人前でしゃべれるようになります。 もちろん英語力も必要です。サイエンスの世界ではいまや英語は唯一の共通語になっています。

学生には、学部4年で研究室に入るときに「論理的な考え方を身に付けないとこの世界では生きていけない、そのためにはまず論文を書くこと」と教えています。 「理科系の作文」といったような本を読んで、思考過程を身に付けると同時に、書く技術を身に付けてほしいと思います。 パソコンのスキルも絶対に必要なものですね。 研究室ではパソコンを使わないと話になりませんが、学部のうちはあまり使うこともないので、スキルの個人差が大きいのです。 それから英語力ですね。海外の論文を読むにも国際学会で発表するにもとにかく英語力が必要です。

これからは流体の3次元解析に取り組む

PFCについては、これから3次元の解析をどんどんやっていこうと思っています。 実験で得られたデータを解析するために、これまではPFCは主に2次元を使ってきたのですが、これからは流体挙動との連成にも取り組んでいきますので、そうすると3次元の情報を扱うことがぜひ必要になってきます。 CRCにも3次元解析についてサポートをお願いいたします。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
松岡先生には、昨年10月に開催いたしました「第2回PFC国際シンポジウム」においてテクニカルコミッティーとしてご協力いただきました。 その際に、「個別要素法による付加体形成シミュレーション」と題して論文も発表されています。 このように最先端の技術を広く紹介され、数値シミュレーション発展に寄与していただいていることに感謝申し上げます。 また、弊社では社会基盤ソリューション部だけでなく、地球科学部においても石油開発、大陸棚調査などで大変お世話になっております。 CRCとして総合力を発揮し、今後の研究の進展にご協力していきたいと考えております。 インタビューありがとうございました。(聞き手:CRC岩崎)

大学・研究室概要 京都大学大学院 工学研究科 社会基盤工学専攻 地質工学研究室
http://earth.kumst.kyoto-u.ac.jp/ 
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