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コラム:マテリアルデザイン

焼入れ・焼戻しプロセスの評価
~材料設計の解析シミュレーション~

材料・CAEビジネス推進部 技術第1課 山﨑 敏広

[2023/02/28]

熱処理は材料組織に変化を与え、材料に対して目的に応じた材料特性を与えることができます。金属材料の種類に応じて様々な熱処理手法が研究・開発されてきました。機械特性に優れ、資源が豊富であることから最も身近に存在する鉄(特に鉄鋼)に対しては、熱処理には「焼入れ」「焼戻し」「焼きなまし」「焼きならし」のほか、表面を処理する「浸炭」「窒化」などがあります。前者4つについては、鉄鋼材料に行われる基本的な熱処理です。設計した加熱・冷却により微細組織を変化させ、目的に応じた強さや硬さ、靭性、被削性などの材料特性を得ます。

本稿では「焼入れ」「焼戻し」に注目した材料設計の解析シミュレーションを紹介します。「焼入れ」は、強さや硬さを向上させる手法で、オーステナイト単相組織から、急冷することでマルテンサイト組織へと変態させます。この変態には冷却速度や材料成分(特に炭素量)が大きく寄与します。また、一般的に “焼入れ性がよい” というのは焼入れにより硬化し易い、すなわちゆっくり冷却してもマルテンサイト組織が得られる材料のことを指します。一方で「焼戻し」は、焼入れ後に行われる熱処理で、焼入れで硬くなった組織に靭性を付与する処理です。焼戻しには目的に応じて高温/低温焼戻しがあり、処理に伴いセメンタイトなどの炭化物が成長することもあります。焼入れ性や焼戻し時の炭化物析出は、熱処理の加熱・冷却条件(温度-時刻)だけではなく、材料成分にも大きく依存します。熱力学計算ソフトThermo-Calcを使用することで、焼入れ・焼戻しプロセスを計算し、材料設計の指針となるような材料組織・熱処理プロセスの評価が可能となります。

Thermo-Calc本体に関しては、熱力学的な平衡状態に関連して、材料組織や物性値を評価することが可能です。最近は、鉄鋼向けに特化した鉄鋼向けプロパティモデルなど、より専門性に特化したアドオンモジュールも開発されています。鉄鋼向けプロパティモデルでは、焼入れ時に変態するマルテンサイトやベイナイト、パーライト、フェライトを計算することができ、マルテンサイトの分率や形態を考慮したMs点の計算や、TTT線図、CCT線図の計算が可能です。

まずは、焼入れの材料設計例を紹介します。CCT計算は鉄鋼向けプロパティモデルを使用し、計算条件については冷却は1000Kから開始し、298Kで終了するように設定しています。Fe-2Mn-1CとFe-3Mn-0.7Cの2つの鋼材組成に対して計算を行い、焼入れ性を評価します。CCT計算で得られた結果をFig.1に示します。CCT曲線は各変態生成物について、異なる冷却速度に対する変態温度を示しますが、こちらの図では、横軸が冷却速度で、縦軸が各変態生成物について変態完了時の組織情報を示します。各冷却速度に対し、どの生成物がどの程度生成するかを評価します。ちなみに、変態完了もしくは室温に達した際の相分率が得られる機能は、ソフトウェアの新バージョンで追加された機能です。焼入れ性を評価するため、Fig.2に示すように2つの鋼材で得られるマルテンサイト分率に焦点を当てます。Fe-3Mn-0.7Cは、Fe-2Mn-1Cよりも最終的に得られるマルテンサイト分率が高いことや、同等量のマルテンサイトを得るために必要な冷却速度は低いことがわかります。従って、Fe-3Mn-0.7CはFe-2Mn-1C よりも焼入れ性が高いことが、本計算から評価することができます。

Fig. 1 CCT計算の各冷却速度の変態完了時に得られる組織情報

Fig. 1 CCT計算の各冷却速度の変態完了時に得られる組織情報

Fig. 2 変態終了時のマルテンサイト相分率の比較

Fig. 2 変態終了時のマルテンサイト相分率の比較

次は、焼戻しの材料設計例ということで、焼入れで得られたマルテンサイトから、炭化物のセメンタイトが生成・成長する過程を計算します。析出計算モジュールのTC-PRISMAを使用します。データベース中で “マルテンサイト相” の定義はないため、フェライト相(BCC相)を母相と仮定して計算を行います。細かい計算設定ですが、焼戻し温度や時間のほか、実験で観察されるマルテンサイトのサイズや形状に合わせ、粒サイズや粒形状(アスペクト比)や、セメンタイトの析出場所(粒界)の指定、マルテンサイト粒界の拡散(モビリティ)の調整などを行います。また、パラ平衡を考慮した成長モデルを使用します。Fig.3に焼戻し温度に伴い生成・成長するセメンタイトの粒子半径の変化を示します。また、Mnのセメンタイト中の濃度変化も示します。成長初期においては、パラ平衡でセメンタイト相中のMn濃度は母相と同じ組成ですが、成長に伴い、オルソ平衡に変わり、セメンタイト中にMnが分配されます。

Fig. 3 焼戻し時のセメンタイトのサイズ変化とセメンタイト中のMn濃度の変化
Fig. 3 焼戻し時のセメンタイトのサイズ変化とセメンタイト中のMn濃度の変化

Fig. 3 焼戻し時のセメンタイトのサイズ変化とセメンタイト中のMn濃度の変化

鉄鋼材料の「焼入れ」「焼戻し」の熱処理プロセスに対し、Thermo-Calcを適用した事例を紹介させていただきました。Thermo-Calcでは合金組成や温度条件に対する組織情報を計算で得ることができます。つまり、熱処理プロセスと材料組織を関連付けるような材料設計の指針を、実験を繰り返すことなく得ることができます。導入検討の際には試計算等々、導入後もサポートを行い、客様の材料開発にお役に立てるように取組んでいます。

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