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コラム:マテリアルデザイン

金属積層造形向け生体用チタン合金の材料設計

材料・CAEビジネス推進部 技術第1課 三戸 康平

[2022/10/31]

概要

金属積層造形技術は、複雑な部品を製造するための新たな技術として注目されています。しかし、既存合金では良好な造形性が得られない場合には、積層造形向けに新しい合金の開発が必要となります。本稿では、Ackers [1] らの研究を参考に、熱力学計算ソフトウェアThermo-Calcを用いて積層造形向け生体インプラント用途のチタン合金の候補材の探索事例を紹介します。

造形時の割れのリスクを最小限に抑えるためには、凝固温度間隔(液相線温度と固相線温度の差)を狭く設計する必要があります。造形性以外にも、生体用材料には患者への負担を低減するために、軽さ(低密度)が要求されます。これらの造形性と密度を最適化するために、Ti-Nb-Zr-Sn-Ta-Fe-Mo系について液相線温度、固相線温度、密度をThermo-Calcで計算しました。さらに、成分元素の割合から合金コストの推定も行い、「造形性」と「密度」、「コスト」を両立する材料設計を行いました。

Thermo-Calcによる合金の特性予測と分析

Thermo-Calcでは、ランダムに生成した仮想の材料系に対し、特性を計算することができます。図1に200種類のランダムな組成のチタン合金について350 Kにおける密度を計算し、得られた分布を示します。このように合金系の取り得る特性の範囲を推定することができます。

図1 200サンプルのTi-Nb-Zr-Sn-Ta-Fe-Mo系の350 Kにおける密度の分布

図1 200サンプルのTi-Nb-Zr-Sn-Ta-Fe-Mo系の350 Kにおける密度の分布

他にも、特性と設計変数の線形な相関関係を可視化することができます。図2と図3に、鉄組成と固相線温度、モリブデン組成と液相線温度の関係をそれぞれ示します。これらの結果より鉄の添加量が多いと固相線温度が低く、モリブデンの添加量が多いと液相線温度が高い傾向にあることがわかります。このように設計変数と特性の関係を可視化することで、材料設計の指針を得ることができます。

図2 鉄組成と固相線温度の関係

図2 鉄組成と固相線温度の関係

図3 モリブデン組成と液相線温度の関係

図3 モリブデン組成と液相線温度の関係

Pythonによる可視化

Thermo-CalcはPython-APIのTC-Pythonが提供されており、Pythonプログラム中でThermo-Calcの計算を呼び出すことができます。TC-Pythonを利用することで、より発展的なThermo-Calcの活用が可能です。図4にPythonによって各チタン合金に対する凝固温度間隔、密度、コストをまとめた図を示します。凝固温度間隔が狭く、密度が低く、低コストの材料が望ましいため、図4の左下に位置する合金組成が最適であることがわかります。

図4 ランダムな1000サンプルの凝固温度間隔、密度、コスト

図4 ランダムな1000サンプルの凝固温度間隔、密度、コスト

さらに図5に示す平行座標プロット(parallel coordinate plot)を用いることで、各特性が望ましいようなサンプルを抽出、可視化することができます。対象とする特性値の範囲を指定した際に、その条件を満たすような組成の組合せ・組成範囲などの情報をインタラクティブに得ることができます。各特性値が低い理想的な合金系は、ニオブやタンタルの添加量が小さい傾向にあることがわかります。

図5 ランダムな1000サンプルの平行座標プロット

図5 ランダムな1000サンプルの平行座標プロット

最適化手法との連携

上記の仮想実験では、ランダムなサンプルを多数生成していましたが、最適化手法を利用することで効率的に最適な造形条件を探索することもできます。Pythonライブラリとして提供されている自動最適化フレームワークのOptunaを用いることで、ベイズ最適化アルゴリズムのTree-structured Parzen Estimator(TPE)や遺伝的アルゴリズムのNSGA-IIにより最適化を行うことができます。図6にNSGA-IIにより条件探索を行った結果を示します。凝固温度間隔が狭く、密度が低く、低コストの理想的な合金組成(Best Trial付近)が集中的に提案されていることがわかります。このように、Thermo-Calcと最適化手法を組み合わせることで、実験条件のスクリーニングをより効率的に行うことができます。

図6 NSGA-IIによる多目的最適化で提案されたサンプルの特性

図6 NSGA-IIによる多目的最適化で提案されたサンプルの特性

Thermo-Calcによる材料設計

以上のように、Thermo-Calcは合金設計に有用な組成や熱処理プロセスの影響を予測することができ、実験条件のスクリーニングにより実験の工数やコストの削減が期待できます。Thermo-Calcは半年に一度、機能の追加やアップデートが行われており、近年では物理モデルに基づいた熱伝導率や電気抵抗率のような特性も計算できるようになりました。また、データサイエンスとの融合により材料開発を加速する、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)へThermo-Calcを活用する論文も増えてきています。
弊社ではThermo-Calcの販売や技術サポートの提供を長年行っています。ご興味がありましたらお問い合わせフォームよりお問い合わせください。

参考文献

[1] Ackers, M. A., O. M. D. M. Messé, and U. Hecht. "Novel approach of alloy design and selection for additive manufacturing towards targeted applications."  Journal of Alloys and Compounds 866 (2021): 158965.

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