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コラム:衝撃・安全

液体を充填した容器に対する高速衝突現象
「Hydrodynamic Ram(HRAM)」

科学エンジニアリング第1部 技術第2課 阿部 淳

[2022/07/28]

内部に燃料や水などの流体を充填した容器に物体が高速衝突する現象は「Hydrodynamic Ram(HRAM)」と呼ばれ、航空機の燃料タンクの防護設計などにおいて考慮すべき重要な事象です。ここではこのHRAM現象とそれに伴って引き起こされる容器の破壊現象を数値シミュレーションを使用して説明します。

図1 水を充填した容器に対する超高速衝突解析(動画)

図1 水を充填した容器に対する超高速衝突解析(動画)

図2 水を充填した容器の衝突後の破損状況(破断ひずみを最大値とした相当塑性ひずみコンター図)

図2 水を充填した容器の衝突後の破損状況
(破断ひずみを最大値とした相当塑性ひずみコンター図)

図1は水を充填した薄板アルミ容器に鋼球が3000m/sで衝突した際の数値シミュレーション結果です。容器はシェル要素、水はSPH要素、鋼球はソリッド要素を使用しました。鋼球はアルミ容器の前壁を軽々と貫通し、容器内部の水に突入します。このとき水は鋼球に圧縮されて鋼球前面に球状の衝撃波が形成、容器内の水中に広がります。一方、鋼球の後方には大きな空洞(キャビテーション)が発生します。鋼球は水によって減速するものの容器の後壁を貫通して外部に放出されます。なお、このタイミングと前後して、アルミ容器は大変形し、図2に示すように角部が破断して原型を留めないほど破片化してしまいました。この後の予測として、水は破断箇所から噴出して広範囲に拡散すると考えられます。鋼球の高速衝突(HRAM)の結果として、アルミ容器の壊滅的破壊が引き起こされた例です。本解析では水を対象としましたが、もしこれが燃料だとすると着火・爆発する危険があり、非常に重大な事故に進展する可能性があります。

このようにHRAMによって引き起こされる容器損傷の原因はいくつか考えられます。鋼球貫通による局所的な貫通孔はもちろんのこと、貫通孔から進展するき裂、内部液体内を伝播する圧力波(衝撃波)、内部液体の圧力上昇に伴う容器膨張、内部に発生した一時的な空洞(キャビテーション)が崩壊する際に生じる振動、など、これらが複合的に絡み合う場合もあります。本解析においては「圧力波(衝撃波)」が容器破壊の大きな要因の1つになっていると考えられます。

液体は圧縮性がほとんどありません。水の体積弾性率は大体2GPaであり、水の体積を1%小さくする(圧縮する)ためには全方向から200気圧もの力で押す必要があります。要するに、非日常的な怪力を加えないと体積を変えられないということです。今回は3000m/sという超高速で鋼球を衝突させたため、水中内部には数千~数万気圧を超える超高圧の衝撃波が伝播することになり、これがアルミ容器の内面に到達したタイミングで容器は急激に膨張し、破壊に至ったと考えられます。

それでは容器内部の物質を砂、空気に変えた場合の状況を見てみましょう。その結果を図3~4に示します。どちらも鋼球はアルミ容器を貫通して砂および空気に突入して空洞を発生させます。しかし、水充填時に見られたようなアルミ容器の壊滅的な破壊は生じず、アルミ容器の前後の壁に貫通孔が生じたのみとなりました。確かにそれらの貫通孔から充填物が外部に漏れますが、水の飛散状況と比較するとその程度は抑えされており、事故の被害レベルも比較的小さくなると考えられます。

(a)砂

(a)砂

(b)空気

(b)空気

図3 砂および空気を充填した容器に対する超高速衝突解析(動画)

(a)砂

(a)砂

(b)空気

(b)空気

図4 砂および空気を充填した容器の衝突後の破損状況
(破断ひずみを最大値とした相当塑性ひずみコンター図)

図5に各物質における容器内部の圧力時刻歴を示します。圧力の最大値およびその発生時刻は各物質内を伝播する衝撃波の強さとも考えられます。水が一番高く、次に砂となります(空気の最大値は数十気圧程度はあるのですが、水や砂の圧力と比べるとほぼフラットになってしまいます)。砂には空隙があり、多孔質材料としてモデル化していますので、圧縮によって砂の粒子間の空隙が無くなるプロセスに圧縮エネルギーが使われます。すなわち、空隙の分だけ圧縮性を持つとも考えることができます。したがって、衝撃波で生じる圧力は水よりも小さくなり、また、衝撃波伝播速度も遅い傾向になります。空気は気体ですので、密度が液体の千分の一程度です。また、圧縮性もあるため圧力は比較にならないくらい小さいものになります。このように物質の特性によって衝撃波の強さや速度が変わり、これらが容器の変形・破壊状況に直接影響を与えています。

図5 容器内部の圧力時刻歴

図5 容器内部の圧力時刻歴

図6に各物質を充填した容器に貫入した鋼球の速度時刻歴を示します。空気の場合、鋼球は容器の前壁と後壁の衝突によって若干減速しますが、空気中ではまったく減速しません。一方で水中と砂中おいては大きな減速が見られます。減速の度合は水よりも砂の方が大きいことがわかります。これは水よりも砂の密度の方が大きいためであると考えられます。しかし、すでに述べたように、圧縮性の違いにより砂中よりも水中の衝撃波の方が強くなります。

図6 各物質を充填した容器に突入した鋼球の速度時刻歴

図6 各物質を充填した容器に突入した鋼球の速度時刻歴

ここでは示しませんが、容器に水を充填する場合でも満タンに入れずに少しだけ気体を充填する(空間を空けておく)ことで容器の壊滅的な破壊を回避できる場合があります。気体領域に水中衝撃波が到達すると水の圧力は急激に減圧され、容器の急膨張を和らげることができます。

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