コラム:マテリアルデザイン
材料・工学技術部 材料技術第2課 山﨑 敏広
[2022/02/24]
2050年カーボンニュートラルの実現に向け、様々な取組みが行われています。その一つに、化石燃料に代わる水素社会の実現があります。水素社会に向け、燃料電池やそれを搭載したモビリティといった製品開発のほか、水素生成・輸送する際のパイプやタンク、プラント、インフラ設備などの開発が加速化しています。水素社会を実現するための一つのキーワードとして、“水素脆化”が挙げられます。水素脆化により、材料が大きな問題を引き起こす可能性があります。例えば、水素脆性のせいで従来の材料が持つ変形挙動とは異なり、弾性域で破断してしまうなど、予期せぬ問題が生じてしまうことがあります。
水素脆化は、材料中を拡散する水素と引張応力(応力腐食割れにも関連)が原因で発生します。
耐水素脆化に関して材料組織および材料組成の観点より、例えば以下のような対策を挙げることができます:
熱力学計算ソフトのThermo-Calcを活用することで、このような対策例はもちろん、耐水素脆化のための種々の組織・組成に基づく評価や予測を行うことができます。昨年12月に実施したThermo-Calcカンファレンス2021において、Thermo-CalcならびにMICRESSを用いた事例紹介を行いました。そこで紹介した事例のうち、ホットスタンプ材に関して、Ti添加に伴う水素トラッピングとオーステナイト結晶粒微細化への影響を示す事例を紹介します。簡単な事例ではありますが、Ti添加量を変えた際に、水素トラッピングとしての機能はどうなるのか、ホットスタンプ材ということで、ホットスタンプ前のオーステナイト粒径に対し、どのような影響を与えるのかということを評価します。
Ti添加量を0.02, 0.03wt%でそれぞれの条件において、炭窒化物相が微量に生成します。図2ではTi炭窒化物相の相分率と、それを構成する炭化物と窒化物の比率を見ています。計算上、炭化物と窒化物は相としては区別していませんが、相の構成より、窒化物/炭化物がどの程度生成するのかがわかります。Ti添加量を増やすと、窒化物の析出量が減るという計算結果が得られていますが、参考文献にも、実際に窒化物の量は減るという記述があります※2。Tiの役割として、オーステナイト粒径の微細化に寄与することや、Ti炭化物が水素トラップサイトとして機能することも、材料組織観察の結果から証明されています。Ti添加量を増やした場合には、Ti炭窒化物の増加に伴い、オーステナイト粒径の微細化が達成します。また、他の実験評価より、各温度域における水素排出量を比較していますが、Ti炭化物が少ない場合は低温で水素が脱離してしまうのに対し、Ti炭化物が不可逆的な水素トラップサイトとして機能するため、Ti添加量が多い場合には、より多くの水素がトラップされます。
また、鉄鋼向け熱力学データベースTCFE11より、固溶体相中の水素(固溶や拡散)が考慮できるようになりました。カンファレンスでは紹介しませんでしたが、図3に示すように、水素雰囲気下におけるフェライト相への拡散なども計算できるようになりました。水素が雰囲気や温度、処理時間に対し、どの程度侵入するか、または抜けていくかを評価できます。
以上のように、紹介した事例は一部ではございますが、Thermo-CalcやMICRESSを活用することで、水素社会実現に向けた効率的な材料設計が可能です。弊社ではソフトウェアおよびデータベース導入検討の際には試計算等々、導入後もサポートを行い、客様の材料開発にお役に立てるように取組んでいます。