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コラム:超音波・電磁技術

金属結晶組織と超音波伝搬

材料・工学技術部 応用技術第2課 入谷 佳一

[2021/10/28]

超音波解析ソフトウェアComWAVEは、約15年前の開発当初から非破壊検査における超音波伝搬挙動を詳細に解明することを主なターゲットの一つとしています。そのため、対象となる金属のモデル化の手法についても他のソフトウェアにはない手法が種々整備されてきました。本稿では、いくつかの手法と応用例と今後の展開について紹介いたします。

非破壊検査のターゲットとして溶接部の欠陥の検査があげられます。一般的に結晶構造は向きによって超音波の伝搬速度が異なる異方性を持っています。ComWAVEは、こうした異方性材料を取り扱えることが特徴であり、材料毎に結晶軸方向を設定することが可能です。ところで、溶接部では、凝固時に熱流の方向に従って結晶が配向したドメイン構造を持ちます。こうした結晶の向きの分布を考慮せずに探傷を行うと意図した位置に超音波が届かず欠陥を見逃してしまうことになります。しかしながら、モデリングの際、熱流の方向に沿った結晶方向をもった材料を配置していくのは困難です。ComWAVEでは、矩形領域の代表点での結晶軸方向を指定し、一つの材料の中の結晶軸方向を補間により要素ごとに指定することで、この困難を解決しています。図1に結晶方向補間の例を示します。図では2次元ですが3次元の直方体領域での3次元的な分布の補間が可能です。溶接部の結晶軸方向の分布により超音波の経路が変わるシミュレーション結果を図2に示します。

図1 溶接部結晶軸方向の補間による指定

図1 溶接部結晶軸方向の補間による指定

図2 溶接部伝搬例(最大音圧分布)

図2 溶接部伝搬例(最大音圧分布)

一般的に金属材料は、原子が規則正しく並んだ結晶構造を持っていますが、多くの場合、金属中は結晶粒と呼ばれる領域に分かれています。同じ結晶粒の中では原子がきれいに同じ向きに並んでいますが、隣り合う結晶粒では原子の向きは別々の方向を向いています。こうした結晶粒は、鋼材の種類や製造過程の違いによりさまざまな大きさを持ち、その鋼材の強度や脆性などの特性にかかわります。また、超音波の伝搬の観点からは結晶粒境界(粒界)での反射が様々な方向に起こるために散乱減衰が生じるとともに、探触子方向への後方散乱は受信信号のノイズとなるため検査の障害となります。より微細な構造の検査を行うために超音波の周波数を上げると波長と比較した結晶粒サイズがより大きくなるため影響がさらに大きくなります。こうした現象は本質的に抑えることはできないため、シミュレーションでノイズの特性を把握しておくことが重要です。ComWAVEでは結晶粒をモデル化するために、ボロノイ分割と画像読み込みの機能を用意しています。
ボロノイ分割は、モデル中に乱数で母点を配置し、母点間の2等分面を利用して疑似的な結晶粒分布モデルを作成します。ComWAVEでは代表粒径を指定することで粒径の異なるモデルを作成することができます(図3)。

図3 ボロノイ分割によるモデル例

図3 ボロノイ分割によるモデル例

図4に5MHzの超音波が異なる粒径の鋼材中を伝搬する様子を示します。粒径は左から0.05mm、0.1mm、0.2mmです。粒径が大きくなるに従い先頭波面が弱くなり、ノイズが大きくなっていく様子が確認出来ます。これらの結果から求めた散乱減衰による減衰率の結晶粒径による変化を図5に示します。

図4 結晶粒径の違いに対する超音波伝搬図の比較

図4 結晶粒径の違いに対する超音波伝搬図の比較

図5 散乱減衰による減衰率

図5 散乱減衰による減衰率

さて、結晶粒のモデル化が有効なもう一つの方法として、画像取り込みによるモデル作成機能があります。これは、画像の階調を指定した分割数(材料数)で均等に分けて材料を割り当てる方法です。図6に写真から結晶組織をモデル化した例を示します[1]。

図6 画像取り込み例[1]

図6 画像取り込み例[1]

次に、現状のモデル化機能の課題とこれからについて述べます。
上の図6の画像取り込み例にあるように、遠心鋳造や溶接部等で細長い結晶ドメインが多くみられます。こうした結晶構造はでの超音波挙動の予測は、探傷の高度化に欠かせません。そのために、様々な条件での伝搬を検討するためには、画像取り込みだけでなく、ボロノイ分割のようにパラメトリックにモデルを作成する機能が必要です。現在のボロノイ分割によるモデル化機能は、指定サイズでの均一で粒状の形状のモデル作成に限定されていますが、母点の配置を工夫することで細長い結晶ドメインのモデルを作成することが可能です。モデル化には今のところ多くの手作業が必要となっていますが、容易にモデル化できるようツール化の検討を進めています。

図7 結晶粒境界検出手順

図7 結晶粒境界検出手順

画像取り込みによるモデル化の課題の1つは、結晶粒界画像のように結晶粒自体に階調差がない場合もそのままではモデル化できない点が挙げられます。これについは現在、各結晶粒にユニークな色を割り当てる機能の作成が進んでいます。また、実際の結晶組織の写真では結晶粒の中でも階調の濃淡がある場合や表面処理時の構造が写り込んだ場合などに階調等分割では適切なモデル化ができない点が挙げられます。この点については、図7のような手順で結晶粒の境界を検出するツールの検討を進めています。現状では、図中の手動で修正部分が作業上のネックになっていますが、出来るだけ自動化できるよう改良を進めているところです。

非破壊検査の高度化において、金属組織を考慮したシミュレーションの必要性は今後ますます高まってくると考えられます。今後もお客様のご要望、ご意見を反映し、機能の向上に努めてまいります。

参考文献

[1] K.Sakamoto et al.,VISUALIZATION OF ULTRASONIC WAVE IN CAST AUSTENITIC STAINLESS STEEL PIPING,9th NDE 2012.

関連製品についてはこちら

超音波解析ソフトウェア ComWAVE
https://www.eng-eye.com/ComWAVE/