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コラム:マルチフィジックス

シミュレーションの信頼性確保

科学システム開発部 羽間 収

[2016/10/14]

近年、ハードウェアとソフトウェアの発達にしたがい数値シミュレーションの果たすべき役割が大きくなってきている一方、その信頼性をどう確保するのかが問題として挙げられるようになりました。英国と米国においては、早くからこの問題に取り組み、シミュレーションの信頼性を確保するための方法論や枠組みについて検討してきており、それらを標準やガイドラインという形で整備し続けています。我が国においても、学会や団体でこの問題が取り上げられるようになり、日本計算工学会や日本原子力学会では標準やガイドラインが発行されるに至りました。

シミュレーションの信頼性確保のためには、シミュレーションを扱う業務全体の品質マネジメントと業務内のシミュレーション V&Vの2本柱が重要となってきます。前者については、例えば次のような文書を参考にすることできます。

  • NAFEMS QSS(英国)
  • 日本計算工学会 HQC001 工学シミュレーションの品質マネジメント
  • 日本計算工学会 HQC002 工学シミュレーションの標準手順

原子力業界においては、上記以外にASME NQA-1(米国)や日本原子力技術協会のガイドライン等が存在します。上記標準には、シミュレーションが関わる業務や後述するシミュレーションのV&Vを含めた形でISO9001, JIS Q 9001に基づく品質保証プログラムに必要とされる要求事項が規定されています。中でも、業務に携わる技術者の力量がシミュレーションの信頼性に直結するという考えの元、その評価と管理が重要視されています。シミュレーションに携わる技術者の力量を客観的に評価する方法としては、日本機械学会が10年ほど前から始めている「計算力学技術者資格認定制度」などが利用できます。また、NAFEMSのPSE(Profes-sional Simulation Engineer)制度も力量評価の参考にできます。

シミュレーションの信頼性確保の2本目の柱がシミュレーションのV&Vです。これに関しては、次のような文書を参考にすることができます。

  • ASME V&Vシリーズ(米国)
  • 日本原子力学会 シミュレーションの信頼性確保に関するガイドライン
  • 日本計算工学会 HQC003 日本計算工学会 学会標準事例集

V&V(Verification and Validation)は、通常「検証」と「妥当性確認」というように訳され、シミュレーションで得られた結果の信頼性を確立するための方法論となります。上記に挙げたASME V&Vによりますと、検証は計算が数学モデルを正しく表現しているかどうか、妥当性確認は使用に対して実世界の物理現象を正しく表現しているかどうかを評価するものとなっています。検証は、実装が正しく行われているかを見るものなので、理論解・manufactured solution との比較や数値解の収束性等を通じて、プログラムが正しく機能しているかを調べ、評価します。妥当性確認については、ASME V&Vは徹底して対現実・実現象を謳っていることから、必ず実験との比較を要求しており、極めてハードルが高いものとなっています。しかし、必ずしも実験結果を取得できる訳ではないので、完全な妥当性確認とは言えないものの、現場では、manufactured solution や他ソフトウェアとの比較等で評価していることもあるようです。さらに、V&V には、不確かさや予測性能の評価といった、ハードルが高くそびえ立っていますが、これから益々重要になることは間違いありません。

標準やガイドラインの基本形ができた現在、学会では実際の運用に向けた改訂や適用事例の収集を開始しており、数年後には導入し易くなっているかもしれませんが、今すぐにでもできるところから始めるにこしたことはありません。弊社も数年前より試行錯誤を重ねながらシミュレーションの信頼性を確保するための活動を進めてきました。前述した標準等を参考に、独自の標準やガイドラインを設け、内部講習会等を通じた教育も実施してきました。その結果、現在ではお受けした全てのシミュレーション業務や自社ソフトウェアの開発業務に関しては、これら内部標準・ガイドラインに規定されたプロセスに則って業務が進められるようになり、一定の品質と信頼性が担保されるようになっております。