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コラム:製造・構造

SimAI(Ansys社)に見るAI活用の実践段階

科学ビジネス企画推進部 早川 尊行

[2024/02/29]

ここ数年、AIという言葉を聞かない日はないのではないか?というほど、AIという言葉は世間に定着してきました。AIが囲碁や将棋の世界で人類最高峰の棋士すら凌駕するようになり、多くのファンを驚かせました。今ではそのAIが囲碁・将棋研究のツールとして欠かせないものになっています。さらにはchat-GPT等の生成系AIが登場したことで、もはやAIは一部のプロフェッショナルだけが使う特別なツールではないという段階に突入しました。特にChat-GPTの登場は、対岸の火事だったAIが、一般の人々にとっても我が事として認識されるに至った大きな転換点だったと言えるかもしれません。スマホで使えるツールなどもその数に入れるならば、AIはすでに身近なツールになってきていると言えるでしょう。

一方、我々が身を置いているCAE業界でのAI活用状況は、どうだったでしょうか?
意外なことにAIの活用はそこまで順調に進んできたわけではありません。技術としてはサロゲートモデル(※)構築のノウハウも業界に蓄積されつつありました。しかし、どうしてもデータの取り回しや学習の微調整を含めた使い勝手といった点で課題があり、なかなか設計現場に落とし込めるような実用段階には達していませんでした。(※サロゲートモデルとはAIでシミュレーションの計算を代替させる技術のこと 参考:https://x-simulation.jp/blog/14

そんなところに、Ansys社はSimAIを投入します。本格的なローンチはこれからですので、いまわかっている範囲で、その特徴と強みや将来性といったところについて触れたいと思います。

SimAIそのものは、AWS上に構築されたクラウド環境として提供されます。利用イメージは図1に示していますが、その第一段階として、クラウド上に過去の形状データ(STL)や解析条件、解析結果をセットでアップロードしていきます。第二段階として、AIモデルの学習・トレーニングが行われます。おおよそ48時間(1~5日間)が目安になるようです。第三段階は実運用の段階になります。CADと解析条件を入力として、数十秒程度で解析結果を予測することが可能になります。この部分で生成系AIの技術を活用して、応力やひずみの分布などを素早く予測することができるようになっています。結果として、開発・設計プロセスにかかる時間が大幅に短縮されます。

図1:SimAIの使い方イメージ

図1:SimAIの使い方イメージ
(1:データのアップロード、2:AIモデルの構築・学習、3:新しい設計を入力して解析結果を予測)
(出典:Ansys SimAI EXTERNAL Presentation 2024 R1)

SimAIは物理の種類を問わないことを特徴の1つとしています。構造、流体、電磁場、光学などの事例がすでに示されています。時系列の解析も対応していますので、LS-DYNAで扱うような過渡的な応答を見ることもできます。また、Ansys社のものに限らず、あらゆる3次元シミュレーションデータに対応しているとのことです。(具体的にどのデータに対応しているかの情報は、現時点ではありません)将来的に、試験結果も第一段階の入力として扱えるようにする予定のようです。

AIモデルの学習に必要な解析ケースは、一定の境界条件下で30~100ケースで、「形状は異なるが境界条件はいつも同じ」というのであれば、これで十分としています。境界条件も異なるという場合は、必要なケース数は10倍もしくはそれ以上になるようです。なお、形状については表面や体積の情報が必要になります。

いくつか検証済みの事例も紹介されていています。ここではSimAIとLS-DYNAの予測結果の比較を行っている例を引用します。学習には50ケースほどのクラッシュ解析のモデルを使用しています。過渡解析の結果を予測しています。気になる精度ですが、全体としての予測精度(Overall Crush Prediction)は誤差0.5%以内、剛体壁に生じる接触反力でさえ誤差10%以内に収まっているとしています。(図2)SimAIの計算結果は1分以内に得られたそうです。この解析は複雑な自己接触と座屈変形を含む解析ですので、それがメッシュを切ることもなく、入力後1分以内にそのレベルの精度で結果を出してくるというのは、なかなかに衝撃的です。

図2:SimAIとLS-DYNAの解析結果比較(1)
図2:SimAIとLS-DYNAの解析結果比較(2)

図2:SimAIとLS-DYNAの解析結果比較
alidated Use Cases「Bumper Impact Performance」より
(グラフは緑がSimAI、赤がLS-DYNA 変形図(左)は赤がSimAI、青がLS-DYNA
(出典:Ansys SimAI EXTERNAL Presentation 2024 R1)

SimAIは学習に用いた解析結果をベースに新しい設計での解析結果を予測するものになりますので、従来通り、高精度な解析へのニーズは今後も生じます。入力に対し「高精度な結果を返す解析モデル」と「その解析結果」のデータセットを学習に必要なだけ作成し、学習後のAIモデルの精度を見ながらそのデータセットをメンテナンスしていく、といったサービスが展開されることになるだろうと私は想像しています。

十分にセキュアな環境が提供されるといっても、データをクラウド上にアップロードしなければならない、という点はSimAIを利用する際によく検討しなければならないでしょう。Ansys社がデータを参照可能な形にもなるため、事前によく協議することが必要になると思われます。

Ansys社はSimAIの適用先を「劇的な効果が得られる事例に限定したい」という意向を持っているようです。これは様々な背景からですが、その1つに費用感の問題があります。少なくとも数千万円~の投資になりますので、その何倍~何十倍もの投資効果が見込める顧客への展開が優先されるものと見られます。我々のようなパートナー企業への開放時期も現時点では明確になっていませんが、その際も費用感は大きく変わらないと思われます。そのようなことから、SimAIによってどの程度のベネフィットが得られるのか、といったことは冷静に見極めていく必要があるかもしれません。

AIの使い道は様々あり得ますが、シミュレーションの世界では基本的に最適化を目的としていると思われます。従来からあるパラメトリック最適化の世界にも、深層学習・AIの技術が入り込んできています。こちらの技術は、SimAIに比べると一桁下の費用感での利用が可能ですので、業務フローにマッチするのであれば十分に有力なソリューションとなるでしょう。また、さらに少額なところで利用できるものとして、設計者CAEに分類されるAnsys Discoveryによる設計変更に対してリアルタイムな解析を可能にする機能(Explorer mode)などで、十分なベネフィットを得られるケースもあると思われます。

最後に取り上げたものは、ちょっと違う切り口の製品ですが、一口に最適化といった場合にも様々なアプローチがあり得るということです。予算や求めるレベル感によって、様々な選択肢が出てきていることは歓迎すべきことでしょう。「自分達の業務なら、こっちの方が都合いいなぁ」というのはよくあることです。

少し話がそれてしまいましたが、Ansys社のSimAIの登場はシミュレーションの世界におけるAI民主化の大きな一歩になる可能性を秘めています。これまで一部のエキスパートしか触れなかったAIが、誰でも触れられるものとして整備済みの状態で提供されるようになった、というのは驚くべきことです。実際には費用感の問題がありますので、広く行き渡るのは少々先になりそうですが、今後、ものづくりの世界に大きな波を起こしていくことは間違いないでしょう。

我々もその潮流に取り残されないよう、キャッチアップしていきたいと思っています。興味のある方は、是非お声がけください。

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