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コラム:マテリアルデザイン

金属積層造形技術の動向とCTCの研究開発事例

アプリケーションサービス部 材料技術課 下野 祐典

[2019/01/11]

積層造形技術、いわゆる3Dプリンターに対し、最近非常に大きな注目が集まっています。もともとはラピッド・プロトタイピングなどの名称で形状確認用の試作品を高速に制作するために研究されてきた技術を起源としますが、2013年の米オバマ大統領 (当時) の一般教書演説で言及されて以降、専門家以外からも幅広く注目されることになりました。3次元自由曲面のような複雑形状でもCADさえあれば製造可能といった自由度の高さや、金型や専用冶具を必要としないといったリードタイムならびにコスト面での優位性、といった従来の製造法とは全く異なった性質を持つ製造方法であり、医療分野や航空宇宙分野のような少量多品種生産分野への適用が先行して検討されてきました。しかし、次第にさらなる利点、例えば

  • 輸送時間・コスト・在庫の削減 … 製造装置が造形機1台だけであるため、従来は大工場で製造して輸送していたところを、部材の消費地で直接製造することが可能です(整備工場で交換部品を直接造形して使用できる、など)
  • 組み立て工数の削減 … 従来の製造法では不可能な形状が実現できるため、複数部品の組み立てにより製造していた小アセンブリを、組み立て不要の1つの積層造形部材で置換できる可能性があります

といった点が認識され始め、現在では自動車分野などの量産品の製造にも適用が広がり始めています。例えば、独BMWおよび独Volkswagenが3Dプリンターによる部品生産を進め、市販品への適用を進めていくとしてします。

BMW Group: BMW Group plans Additive Manufacturing Campus: Technological expertise in industrial-scale 3D printing to be consolidated a new location
https://www.press.bmwgroup.com/global/article/detail/T0280159EN/bmw-group-plans-additive-manufacturing-campus:-technological-expertise-in-industrial-scale-3d-printing-to-be-consolidated-at-new-location?language=en

BMW: Additive manufacturing: 3D printing to perfection
https://www.bmw.com/en/innovation/3d-print.html

このように積層造形は様々な可能性を秘めた技術ですが、やはり歴史的に浅い技術であるだけに解明されていないことも多く、そのため積層造形技術に対する研究開発が各国で盛んに行われています。積層造形分野でもっとも歴史のある国際会議、Solid Freeform Fabrication Symposium (SFF) は1990年からアメリカ・テキサス州で毎年開催されていますが、2013年以降は参加者数・発表件数は加速度的に増加し、2018年度の会議は2013年の3倍以上となる参加者680名、発表517件という規模に成長しています。アメリカや中国における投資が際立っていますが、欧州各国や日本、シンガポールなどの国々も精力的にこの分野への投資を進めていて、新しい積層造形の国際会議が開催されたり、積層造形の分科会が発足したりしています。日本では次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)が2019年に世界最高水準の積層造形装置を開発・販売することを目的に設立され、研究開発が進められています。

CTCでは金属積層造形プロセスにより得られる合金のミクロ組織に注目し、2016年度よりシミュレーション技術開発を進めています。以前の研究については、2016年12月の新解析クラブでもご紹介しております。

金属積層造形(3Dプリンター)のミクロ組織解析~合金組織形成シミュレーション~
http://www.engineering-eye.com/rpt/column/2016/1216_therm.html

このコラムでも説明していますが、積層造形プロセスはレーザーや電子ビームなどのスポット的な熱源で金属を瞬間的に溶融~凝固させ、これを積み重ねていくことで造形しています。溶融した金属が形成する溶融池もスポット的であるため、溶融状態からの凝固過程における冷却速度は数十万~数百万K/sに達する場合もあります。製鉄所における連続鋳造工程では冷却速度100~102K/sとは比較にならないほど高速な現象であり、凝固過程は強い非平衡過程だと考えられています。しかし一方で、実験観察において柱状晶-等軸晶遷移が観察されるなど、局所平衡仮定に基づく従来の凝固理論が適用できる可能性を示唆しています。そこで2016年は、ニッケル超合金 (Inconel 718) を対象とし、積層造形のように冷却速度が極めて大きな過程でも冷却速度の違いにより、ミクロ組織に違いが現れることを確認しました。また、移動熱源による溶融池の温度履歴をFEMの熱伝導解析で求め、その温度履歴を用いて凝固シミュレーションによるミクロ組織形成解析ができることを確認しました。

2017年からは、より実プロセスに近い温度履歴を得るためにFEMの熱伝導解析モデルを進化させると共に、求めた温度履歴と凝固シミュレーションの連携方法も改良しました。チタン合金 (Ti64) を対象とした、粉末床溶融結合 (PBF, Powder Bed Fusion) 積層造形の一つで電子ビームを熱源に用いた手法であるEBM (Electron Beam Melting)の実プロセスに近い条件での熱伝導解析を行い、この熱伝導解析の結果を用いて凝固シミュレーションを行いました。また、柱状晶の優先成長方向の違いによる組織形成への影響評価をおこない、優先成長方向の違いにより柱状晶-等軸晶遷移の挙動に違いが生じることを確認しました。SFF2017でも発表を行い、下記にプロシーディングスが公開されています。

移動熱源(電子ビーム)の加熱による温度分布

移動熱源(電子ビーム)の加熱による温度分布

電子ビーム条件(180W-800mm/s) (左:相分布、右:温度分布) アニメーション

電子ビーム条件(180W-800mm/s)
(左:相分布、右:温度分布)
アニメーション

電子ビーム条件(420W-800mm/s) (左:相分布、右:温度分布)アニメーション

電子ビーム条件(420W-800mm/s)
(左:相分布、右:温度分布)
アニメーション

SFF2017: Numerical Simulation of Solidification in Additive Manufacturing of Ti Alloy by Multi-Phase Field Method
http://sffsymposium.engr.utexas.edu/sites/default/files/2017/Manuscripts/NumericalSimulationofSolidificationinAdditive.pdf

2018年度は、これまで行ってきたPBFの積層造形ではなく、もう一つの金属積層造形の手法である、指向性エネルギー堆積 (DED, Directed Energy Deposition) についての研究を行っています。DEDでは溶融池の周囲に金属が無いため、熱伝導解析のモデルが大きく異なるほか、PBFとDEDでスケールが違うため、凝固シミュレーションのモデルにも工夫が必要です。

また、CTCの研究開発でも使用した、MICRESSの開発元ACCESS e.V. やThermo-Calc開発元 Thermo-Calc Software AB でも、積層造形に関する事例が取り上げられています。

ACCESS MICRESS: Additive manufacturing
http://web.micress.de/applications.html#additive

Thermo-Calc: Additive Manufacturing
https://www.thermocalc.com/solutions/by-application/additive-manufacturing/

積層造形は、新しい製造技術であると同時に、従来の製造プロセスと大きく異なり、そのプロセスはさまざまな物理現象が複雑に絡み合っています。現在は多くの研究機関やメーカーがそのプロセスの解明と制御のために、数々の実験や新たなシミュレーション技術の開発を進めているところです。
CTCも、引き続き、実用プロセスの検証技術として、積層造形のシミュレーション手法の研究開発を進めていきます。

参考文献

小泉 雄一郎, 千葉 晶彦, 野村 直之, 中野 貴由, “ミニ特集 金属系材料の超精密3次元積層造形技術の最前線 金属系材料の3次元積層造形技術の基礎”, まてりあ(Materia Japan), 第56巻 第12号 (2017年12月), p686-690