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コラム:衝撃・安全

宇宙機をゴミの超高速衝突から防護する

科学・工学技術部 CAE技術課 片山 雅英

[2016/02/19]

2013年8月に配信致しました本メルマガ記事として、隕石とスペースデブリ(宇宙ゴミ)についてお話ししました。今回は主に後者に焦点を絞ってお話ししたいと思います。

スペースデブリは、人類の宇宙活動によって生じた宇宙空間における人工のゴミです。問題になり始めたのは、アポロ計画の終了とほぼ時を同じくしています。
ここでいう宇宙空間とは、主に、低軌道(高度:約160~2,000km)と呼ばれる領域と、静止軌道(高度:約36,000km)と呼ばれる領域であり、地球の半径が約6,370kmですので、ほとんど、地球に張り付いた空間にしか過ぎません。1961年から約11年間に及ぶアポロ計画の中でも、人類が静止軌道の10倍以上も離れた月に及んだのは、1970年を挟んだ3年間程の間にしか過ぎません。それ以外の、有人の宇宙活動は、国際宇宙ステーション(ISS、高度:約278~460km)に代表される低軌道に限られます。

現在、6人の宇宙飛行士が滞在しているISSでは、彼らの生命をスペースデブリ衝突(最大約15km/sの速度に達する)の脅威から守るために、ホイップル・バンパーと呼ばれる防護システムが採用されています。これは、宇宙船の壁(与圧壁)の外側に10cm程度の間隙を設けて薄いアルミ合金の板を配置し、二重の防護壁とする仕組みです。このシステムを提案したのは、ハーバード大学の天文台で流星等の研究をしていたフレッド・ホイップルです。彼は、1947年、当時の流星群に関する研究成果に基づいて、将来、人類が太陽系の宇宙旅行に出かける際には、宇宙船の外側に薄い金属の防護壁を備えるべきであるという、僅か半ページ程度の論文をアストロノミカル・ジャーナル誌に発表しました。1961年に始まるアポロ計画の中では、この防護システムが採用されました。

この防護システムの性能を評価するために、二段式軽ガス銃と呼ばれる超高速加速装置が開発されました。この発射技術は、米国の弾道研究所(BRL、現在のUS/ARL)、NASAのエイムズ研究センタで確立され、その後、ゼネラルモーターズの防衛研究所、NASAの有人宇宙機センタ(現在のジョンソン宇宙センタ)と継承され、膨大な数の実験が実施されました。太陽系内に存在する浮遊物の飛来速度は、最大72km/sにも達するのに対して、二段式軽ガス銃の加速能力は、グラムオーダの固体飛翔体を最大でも10km/s程度までしか加速できません。不足する、さらに高速域のデータに関しては、主に理論的検討によって補われました。

最初に申しましたように、1960年代には、スペースデブリの脅威は認識されていなかったので、アポロ計画で対象とする脅威は流星(厳密には、マイクロメテオロイドと呼ばれる小さな天然の宇宙浮遊物のみが防護の対象)に限られていました。以上のような5年以上にも及ぶ検討の結果、非常に奇妙な事実が判明しました。

図の左側に示した、(a)ホイップル・バンパーの貫通限界曲線をご覧下さい。
ホイップル・バンパーの貫通限界曲線

1枚板の標的に対する、通常の貫通限界曲線は、飛翔体の衝突速度を横軸に取るのはこのグラフと同じですが、縦軸には標的が貫通した時の残存速度を取ります。

しかし、ホイップル・バンパーの場合はもう少し複雑です。同グラフの左上部に記名法と記した図があります。ホイップル・バンパーの構成要素は、直径:d、速度:Vの球形飛翔体、厚さ:tSのバンパー(混乱を招き易い命名法ですが、以下、NASAの慣習に従います。添え字のSはShieldの頭文字)、その後方、スタンドオフ:Sの距離に配置された厚さ:tBの主壁(添え字のBはBack Wallの頭文字)の3つです。全ての構成要素の材質は固定で、設計が決まれば、その貫通限界性能を表すグラフでは、tS、S、tBの3つの数値は固定で、dとVのみが変化するものと仮定します。本問題の目的は、宇宙飛行士の生命が確保できるかどうかという問題ですので、tBの限界基準は、通常考えられる完全貫通、英語で言う"perforation"するかどうかではなく、もう少し保守的な条件の「与圧がかかった状態でも主壁の健全性が保たれるかどうか」という基準で判断されます。このグラフの実線がホイップル・バンパーに対するもので、破線がバンパーと主壁を合わせて一枚板としたときの特性を表しています。これらの曲線の下側では、与圧壁は、損傷を受けながらも健全性が確保されることを意味し、上側では健全性が保証されないことを意味しています。これら両曲線は、横軸の衝突速度が約3km/sまでの領域ではほぼ重なっています。この領域では、衝突速度が大きくなればなるほど防護できる飛翔体の大きさは小さくなるということを意味しており、我々の物理的直観と矛盾しません。ところが、これよりも衝突速度が大きくなると約7km/sに至るまで、ホイップル・バンパーの方は、衝突速度が大きくなるにつれて逆に防護性能が向上するという実に奇妙なことを示唆しています。これは本当なのでしょうか、正しいとすれば、どのような機構によるのでしょうか。

この一見奇妙な現象を説明するための図が右側の一連の図です。これは、スペースデブリを模擬した球状飛翔体が、ホイップル・バンパーに衝突する事象を、粒子法の一つであるSPH法(Smoothed Particle Hydrodynamics Method)を用い、衝突速度を500~8,000m/sまで変化させて実施した計算の結果です。この条件設定では、飛翔体は500m/sの衝突速度でも、一枚目の標的であるバンパーを貫通するのに十分な威力を持っています。

図を見ると500と1,000m/sの結果では、バンパーを貫通した後、飛翔体と標的物質は半径方向にあまり広がることなしに、コルクを抜くように、いわゆるせん断打ち抜き(衝撃破壊の分野では"plugging"と呼びます)的な挙動を示しています。この計算では、飛翔体もバンパーも材質はアルミ合金を仮定していますが、衝突速度が1,000m/sに達すると衝突面で発生する圧力は8GPa程度、衝突速度が1,500m/sでは13GPa程度にもなり、これらの材料の降伏応力の50倍程度も大きな応力状態に達します。固体材料がこのような、極限状態にさらされますと、破壊が生じて破砕され、さらに厳しい条件になりますと液化が始まります。そして、さらに7km/sの衝突速度では0.1TPa(約100万気圧)のオーダの高圧力状態に達し、部分的気化が生じることが知られています。

このように、衝突速度が1.5km/sを超え、2km/sからは、飛翔体とバンパー材は、偏差応力や偏差歪成分よりも静水圧成分が卓越して、固体材料の特性よりは流体的な特性を示すようになります。その結果、衝突面付近の両構成要素材は等方的な高圧状態となり、球状に広がりながら後方の主壁の方向に飛翔して行きます。この球状の領域をデブリ雲(debris cloud)と呼んでいます。このデブリ雲の広がりは、2,000~7,000m/sの衝突速度の領域で成長が顕著になることを計算結果は示しています。今回は掲載していませんが、衝撃による気化を考慮できる材料モデルを用いた計算では、先程も触れたように、7km/s辺りで液化は終了して、有意な部分的気化が生じ始めます。

以上のような事象の推移が、ホイップル・バンパーの奇妙な貫通限界曲線の謎を解いてくれます。すなわち、デブリ雲が成長して、球状に広がりますと、主壁に衝突する時の衝突断面積は、健全な飛翔体の最大円断面積の100倍以上にも広がります。しかも、デブリ雲の内部構造は一様に物質が分布するのではなく中空に近く、球殻的な構造を持っています。そのため、軸中心近傍が集中的に衝突するのではなく、衝突断面内はかなり均等に衝突することになります。逆に、主壁から見ると衝突断面に及ぶ単位面積当たりの衝突物質の量は1/100以下に減少する結果となり、主壁の損傷は大幅に軽減され、飛翔体速度の増大とともに、主壁の防護性能が向上するという、ホイップル・バンパーの奇妙な貫通限界曲線の理由を説明することができます。また、この防護機構にとってスタンドオフと呼ばれる空隙がいかに重要な役割を演じているかがお分かり頂けるものと思います。

しかしながら、7,000m/sを超える頃からは部分的気化が生じますので、物質の空間分布としてはさらに急激に広がり、気化前の1,000倍オーダの体積になりますが、逆に、密度は1/1,000程度まで減少するため、これら気相成分は主壁の損傷にはほとんど寄与しません。そのため、図で「完全液化領域」と示した速度領域では、再び、衝突速度の上昇と共に防護性能が低下して行くことになります。但し、これは気化したデブリ雲成分のためではなく、液相のデブリ雲成分の速度の上昇と共に防護性能が低下することを示しています。この領域の防護性能低下が「弾道領域」よりも緩やかなのは、デブリ雲成分が速度の増加とに主壁の損傷に寄与しない気相に変化して、液相(このような超高速領域では、固体としての強度が貫通過程に寄与することはほとんどなく、密度の高い凝縮体としての質量の大きさが標的の損傷度の支配要因となります)の物質量が減少するためです。さらに、「弾道領域」の1km/s~3km/s辺りでのみ、弾道限界曲線が曲線的に変化していますが、これは、この速度領域ではデブリ雲が徐々にではありますが、広がるために、防護性能が向上していることを示しています。

尚、今回用いた貫通限界曲線は、アポロ計画時代のマイクロメテオロイドに対するものではなく、スペースデブリの脅威が顕在化して後、ISSの設計に反映させるべくNASAのジョンソン宇宙センタで検討提案されたものです。大体、直径が10mm程度までの大きさのスペースデブリを対象にして防護しようとするものです。一方、代表長さが100mm以上のスペースデブリは、地上からの観測等により軌道が同定され、カタログ化されています。その情報により、ISSのような宇宙機は退避行動をとります。10~100mmの大きさのスペースデブリが危ないというわけです。最近では、日本でも、JAXAを中心にして、もっと小さな宇宙機の防護に関する検討も行われています。

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