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株式会社大林組 様鉄筋コンクリート構造物の高精度挙動シミュレーションを目指して
-コンクリート非線形FEM解析システムFINALを開発-

お話を伺った方

株式会社大林組 技術研究所 建築構造研究室
構造解析グループ長:長沼一洋 様


明治25年(1892)、初代社長大林芳五郎により土木建築請負業「大林店」を創設。明治37年(1904)日本の建設業者として最も早く法人化され、合資会社「大林組」となった。大正期はその時代を代表するビルを数多く手がけ、多くの被害をもたらした関東大震災時にも大林組施行の東京駅などには損害がなく、顧客から絶大な支持を得る。昭和37年(1962)には、最も早く海外建設工事着手し、創業100年を超えた現在も六本木などの都内有数の大プロジェクト、ゴールデンゲートブリッジ耐震補強など、国内外の大プロジェクトに参画し、グローバルな事業展開を行っている。
同社の技術研究所では、三次元震動台など業界屈指の実験施設を備え、社会ニーズの多様性に応える「顧客起点の技術開発」に加え、蓄積された豊富な先端技術をもとに新たな市場を創造する「技術起点の市場開発」に取り組んでいる。

複雑な非線形性を示すコンクリート構造物。建築・土木構造物に必要不可欠なこのコンクリートの地震や熱などに対する挙動を簡易に、かつ精度よくシミュレーションすることは、建設業界の大きなテーマのひとつです。今回インタビューにご登場の(株)大林組技術研究所の建築構造研究室では、高度な構造解析技術、実験技術をベースに、新素材・新構造形式・リニューアル技術など、安全性と設計法の向上に取り組んでいますが、その研究開発のひとつに有限要素法による【コンクリート非線形解析システムFINAL】の開発があります。CRCでは、2003年3月にこのFINALの使用許諾契約を結び、受託解析業務をスタートしています。FINALの開発経緯、今後の方向性など同研究室の構造解析グループ長の長沼一洋氏にお伺いしました。

複雑なコンクリートの非線形性。

コンクリートは、セメントペーストと砂と骨材を混ぜ合わせて水を加えて練ったものですが、その水の量を変えることで強度が変わってきます。そして、細かく見れば複合材ですね。例えば、ひび割れ面を見ますと、骨材が表面に出ていて、そのでこぼこのところでずれが起こるとせん断力を伝達します。コンクリートは、全然ひび割れないようには設計しません。ある程度ひび割れても鉄筋で持つように、引張りに弱いところを鉄筋で補強します。ひび割れても鉄筋が貫通していることで、ひび割れがそれ以上開かず、そこで応力伝達がなされるということが前提になっています。それが鉄筋コンクリート構造です。
ですから、そのような不連続な部分で非常に複雑な動きをします。鋼材のように比較的均一な材料で構成されているものが降伏すれば、綺麗な性状を示しますが、鉄筋が途中のひび割れをまたがっていると、その鉄筋の量にもよりますが、ひび割れ面がずれるときに鉄筋が軸と直交方向に力を受けて、ダホ作用が働き、複雑な挙動を示します。鉄とコンクリートの境界面は必ず不連続になるので、滑りとか剥離とかいろいろな現象が起こります。それだけに研究の様々な種があります。

当初からコンクリート構造を対象として開発されたFINAL。 

構造物の数値解析的な取り組みは、この研究所で70年代から行っていました。FINALの開発を開始した80年代頃は、原子力関連施設の建設が盛んで、それらの実験の解析に適用していました。原子力関連施設は非常に複雑な構造をしています。かなり安全側に設計されていますので、壁は厚く、鉄筋も相当入っています。ですから、十分すぎる位に見えるのですが、万一、事故が起きると外部への影響が大きいですから、安全率はかなり見込まないといけないわけです。では実際の設計荷重に対して、どれだけの安全率があるのかというと、模型実験などを行ってきちんと調べないといけない。鉄筋が多い構造物は、ある程度まではすごく頑張りますが、一旦壊れだすと、非常に脆性的に壊れるのです。せん断破壊といいますが。

当時は、そういう破壊が精度良く解けなかったのです。鉄筋の降伏点は分かっていますので、鉄筋が降伏して耐力が決まるものは割合に解きやすいのです。曲げ降伏や曲げ破壊は、簡単な手法でもある程度予測できますけど、せん断破壊はコンクリートが急激に壊れますので、予測が難しかったのです。

FINALの開発の目的は、当初からコンクリート構造のせん断問題に絞っていました。その頃の汎用ソフトでは、鉄はかなりうまく解けていましたが、鉄筋コンクリート部材に一方向に荷重をかけて、だんだん剛性が落ちて変形が大きくなってくるという簡単な荷重-変形関係のカーブさえ、うまく再現できなかったのです。汎用ソフトでは解けないものをどうするかということが課題でした。また、地震や熱に対しても当初から重要なテーマでした。特に原子力関連ですと内部は高温になります。高温になると膨張するので、外側の冷えているところにひび割れが入って、その状態で地震がきたらどうなるかなどです。

豊富な基礎データと検証実験からのフィードバックがもたらす効果。

これは、開発当初に解析の精度を向上させるために行った実験の写真です。中央にある小さな試験体が鉄筋コンクリート構造物の壁の一部だと思ってください。この1.2m角の試験体の鉄筋の量、太さ、コンクリート強度などを変えて、面内にせん断力、あるいは軸力を入れたものなどを数多く実験しました。これでまず鉄筋コンクリート板の基本的特性を把握しました。基本的なところが分かれば、どんな形になっても、それを要素に分割していけば解析できます。この一連の実験によって、壁の最大耐力は実験値+-10~15%の精度で予測できるようになりました。

鉄筋コンクリート平板の面内加力実験の様子(1)
鉄筋コンクリート平板の面内加力実験の様子(2)鉄筋コンクリート平板の面内加力実験の様子(3) 鉄筋コンクリート平板の面内加力実験の様子

解析ソフトにこの特性を反映するには、この試験体をFEMの一つの要素だと思えばいいわけです。要素にある荷重がかかった時に、これがどういう応力とひずみの関係を示すかということが、構成則の基本になります。それを数学的なモデルに置き換えて、プログラムの中に組み込むことで、どのような形状でも解析することができます。まず基本的な要素のレベルできちんと実現象を再現できるようなモデル化を行い、それがプログラムの中に入っていますので、この実験の結果がそのままプログラムの中に活きていることになりますね。もちろんこの実験だけではなくて、国内あるいは海外で行われた様々な実験がありまして、それらも含める形で活かしています。

基礎的な実験結果を解析にフィードバックして、精度や問題点を調べる。その繰り返しでもう20年くらいやってきています。問題点を調べていて原因がわからず悩む事もあります。ある時にあることに気がついて、その結果、本当に実験のグラフをなぞるように解析結果が出ることがあるのです。このミクロな積み重ねが最後に統合されて結果に表れてきた時っていうのは、本当にうれしいですね。これまでに何度か経験しましたけれども、やっぱりそれが研究のやりがいになっています。

10年程前ですが、実験が行われた耐震壁を100体以上解析しました。それで実験と解析の精度を比較しました。それくらい多くの試験体を解析して検証したという例が当時ほとんどありませんでした。これ以外にも様々な実験を対象として検証解析を繰り返し、その精度を確認し、改良を積み重ねているというのが、FINALの大きな特徴です。

他のシステムにない独自機能を数多く搭載したコンクリート解析システムFINAL。


FINALは、一般の汎用ソフトに比べると要素の種類は少ないです。それは、解く対象をある程度限定しているからです。鉄筋コンクリートを解くために必要のな最小限の要素にしています。ただし、それらの中には汎用ソフトにはないものが2つ含まれています。一つは板要素です。普通の板要素は、厚さ方向に鉄筋があっても、それは考慮できませんが、FINALでは、板要素の厚さ方向の鉄筋が入力できるようになっています。板を面内に圧縮すると、ポアソン効果で面外に膨らもうとします。それが鉄筋が入っていることで、膨らみを拘束します。すると拘束によってコンクリートには面外方向に圧縮力が生じますので、コンクリートが強くなるのです。通常の板要素では厚さ方向の応力はゼロになってしまいますが、FINALでは鉄筋量に応じて拘束力が入るような要素が使えます。

もう一つは似た要素ですけど、棒状の要素です。柱の軸方向に圧縮をかけると、軸と直交する方向に少し膨らみますが、帯筋が巻いてあるとその拘束効果によって、コンクリートが強くなります。FINALでは棒状の要素でもこの効果を考慮することができます。本来は3次元でモデル化しなければならないものも、簡単な板要素とか梁要素で、シンプルなモデル化でも拘束効果が簡略的に表現できるようにということを考えて開発しています。

FINALは非線形解析がメインですが、非線形解析は徐々に荷重を上げながら解いていきます。解析対象の剛性の変化を逐次チェックしながら進みますが、その際に荷重の増分をどの位のピッチで与えるかということが結果に影響します。また、時刻歴応答解析では、時間増分が問題になります。それを構造物の応答に応じて逐次調整しながら進める必要があります。FINALでは内部的に処理を加えていて、それらを全て自動で行います。そういう意味で非線形解析の経験がない人でもうまく解析できるように工夫されています。汎用ソフトにも自動増分調整機能がありますが、コンクリートはひび割れが入ったあと急激に剛性が落ちますので、それが原因で非常に細かい増分になってしまったり、なかなか使い難い面があります。その点、FINALは、鉄筋コンクリートにターゲットを絞った開発がされていますので、一番フィットする増分を自動決定します。

また、FINALは自社開発の特長を活かし、社内で実際の設計のバックチェックなど、様々に活用されていることもあって、実務で使用する際のニーズが数多く反映されています。研究ベースのソフトにありがちな機能不足や使い難さはなく、実務で使いやすいソフトウェアとなっています。

さらに進化するFINAL。


例えば鉄筋コンクリート柱の周りには被りコンクリートと呼ばれる部分があります。それが地震の際に繰り返し荷重を受けていると、被りの部分が徐々に剥がれ落ちてしまうという現象があります。これは現在の解析ではうまく表現できません。被りがいつ剥がれて、その後の挙動はどうなるのか、そのあたりを精度良く解析できるようにしたいと思います。
また、長年のテーマになっている鉄筋とコンクリートの付着の問題です。建物全体の応答に、このすべり特性が非常に影響してくるのです。この分野の研究を行っている人は、付着は永遠の問題と言っています。地震時の鉄筋コンクリート建物の動きを、地震応答解析できちんと解析しようとすると、それは避けては通れない問題です。

最大荷重を経験したあと、どういう挙動を示すかというポストピーク挙動も課題として挙げられます。破壊するプロセスはどこまで再現できるかという、それも限界挙動を知るという意味では重要なテーマですね。特に今、FINALもそうですけど、強度に対してはある程度良好に予測できますが、変形限界がどの辺にあるのかとなると、なかなか予測が難しいところです。

この8月にカナダのバンクーバーで行われる世界地震工学会議でFINALの最新の成果を発表する予定です。内容は3次元非線形の正負繰り返し載荷解析と地震応答解析です。

また、性能設計になって、本当に壊れる、壊れないの話よりもっと手前の話で、中小地震の後にひび割れ補修は必要かとか、残留変形がどのぐらいになるかとか、実際に建物が頻繁に受けるであろう荷重に対して精度良く現象を再現することが今後は必要になってきます。実際には付着滑りや、内部の付着応力分布等を考慮しないと、うまく再現できないのですが、この点については、ある程度感触はつかんでいます。今後何年か後には正確に再現できるようになればと思っています。


必要な先端技術を広く業界へ広めたい。CRCソリューションズに期待。

当社の技術研究所もこの2月にAUTODYNを導入しましたので、CRCさんのユーザーですね。水素ガスの爆発とか、それによる構造物の応答ということで、FINALでは対応できない問題がありましてCRCさんより購入しました。「燃料電池」関係のプロジェクトで、水素ステーションを想定して、もし水素が漏洩して爆発が起こった場合、周りの建物にどういう影響があるかを検討することを目的の一つとしています。これは国の方から補助金が出ている研究で、これから実験を行い、シミュレーションをするところです。

大林組では、FINALの社外への普及を考えています。そういう意味で、CRCさんには重要なパートナーとなっていただきたいと思います。今後どのような形で社外に出すか、レンタルか外販かというのは、市場のニーズを掴んで決めていきたいと思います。その場合、CRCさんには社外ユーザーが増えたときのサポートをやっていただきたいと思っています。それからCRCさんには今実際に使っていただいていますが、使い難い点、改良点等、どしどしこちらにフィードバックしていただきたいと思います。それをもとに改良していきたいと思っていますので。CRCさんはいろいろな市販のソフトを手掛けておられますので、そのような経験とか実績を活かしてアドバイスをいただければと思っています。

うまく使ってもらえなければ、ソフトも活きないと思います。誰がやってもそこそこに解けるというのは重要なことですが、やはり常に最先端の技術を活かさないとできないという部分は残ると思うのです。そういう意味で、研究の最先端を常に見ながらFINALは進化させていく予定です。まず社内バージョンに反映して、そして一般にも必ず公開していくつもりです。社外に広げて、大林のソフトはこのようなことができるということで、間接的に当社の技術をPRしたい気持ちもあります。市場での競争はありますが、やはり社会貢献を考えています。研究者として、地震防災等の観点から、必要な技術が世の中に広がらなくてはいけない、技術はみんなで共有しないといけないのではないかと思います。その結果、良い建物ができるようになれば技術も活きたかなというふうに思います。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
最先端の研究をされながら、なおかつ実務で使えるソフトウェア開発を行っている大林組技術研究所様のシステム開発方針が良くわかる内容の濃いインタビューでした。CRCがFINALの使用許諾権を得て受託解析業務を行うことに関して、社会貢献面でのお話もいただきました。CRCとしても微力ながらそのお手伝いさせていただきたいと思います。

最後に、長沼様には大変貴重なお時間を頂戴致しまして、誠に有難うございました。(聞き手:CRC亀岡)

名称 株式会社大林組
株式会社大林組
http://www.obayashi.co.jp/
index.html
技術研究所
本社所在地 東京都港区港南2-15-2
創業 明治25年1月(1892年)
社長 向笠 愼二
資本金 577億5,267万円
主な事業概要 国内外建設工事、地域開発・都市開発・海洋開発・環境整備・その他建設に関する事業、およびこれらに関するエンジニアリング・マネジメント・コンサルティング業務の受託、不動産事業ほか
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