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法政大学 大学院 システムデザイン研究科 竹内則雄 教授 様デザインとエンジニアアリングのコラボレーションで
人にやさしく、安全・安心なシステム開発を目指す

お話を伺った方

 竹内則雄教授



1952年生まれ。77年中央大学理工学研究科修士課程修了。民間企業を経て、78年東京大学助手(生産技術研究所)、82年東京大学生産技術研究所嘱託研究員。86年明星大学専任講師。90年同助教授。95年同教授。99年法政大学教授、現在に至る。2008年から日本計算工学会会長を務める。
研究分野は、計算工学、社会システム工学・安全システム、地盤工学。研究テーマは、不連続性体の離散化解析法に関する研究や破壊現象シミュレーションシステムの開発。当初、流体力学を専攻していたが、東京大学生産技術研究所で川井忠彦教授に出会い、地盤・岩盤を中心とする地盤工学の研究およびバイオメカニクスの研究を行うようになる。近年は、不連続性体力学に加えて、それをベースとした顎関節、あるいは行動科学に基づくパニックシミュレーションなどの研究を行っている。
主な著書に『地盤基礎の離散化極限解析』(培風館)、『計算力学』(森北出版)、『FORTRAN77とFortran90』(森北出版)、『鉄筋コンクリート構造の離散化極限解析』(丸善)など。工学博士(東京大学、論文)。

2010年に創立130年を迎える法政大学では、2004年、工学部にシステムデザイン学科(現在はデザイン工学部に所属)を新設、2005年に大学院にシステムデザイン研究科(修士課程・博士課程)を設置しました。
システムデザイン研究科は、アートとテクノロジーの融合を目指した新しい概念の創出を目的とした工学系の大学院で、インダストリアルデザイン、ロボティクス、シミュレーション、プロジェクトマネジメントの4つをキーワードに、工学的な面、経営的な面、心理・意匠的な面から総合的に研究することで、便利で使いやすくものを使う人のニーズにマッチした形やシステムを開発する人材を育成しています。
今回は、同研究科で、人にやさしく、安全な「もの」や「社会基盤システム」をデザインするための新しいシミュレーション手法の研究開発を行っている竹内則雄教授に、最近のシミュレーションや構造デザインについて伺いました。

キーワードは“安全・安心のシミュレーション”
システムデザイン研究科

今日の商品開発では、たとえ力学的に優れていてもそれだけでは世間に受け入れられなくなってきました。しかし、エンジニアにデザイン的知識があれば、企画の段階でファンクションを意識してデザインできます。デザインとエンジニアリングのコラボレーションが必要になってきたのです。それに加え、実際に生産体制に入って果たして市場に流通するのかということも考えなければなりません。つまり、デザイン知識、マネジメント知識を有するエンジニアが求められているのです。
このためシステムデザイン研究科では、基本的に専任教員はデザイン系3名、機械・電気・制御系3名、シミュレーション系3名、マネジメント系3名の計12名で構成されています。さらに社会の第一線で活躍しているデザイナー等を非常勤講師に迎えるとともに、野上記念法政大学能楽研究所と提携して、二十六世観世流宗家・観世清和氏の能の動きをIT的に活用する研究など、多彩な研究を行っています。
同研究科は法政大学システムデザイン学科から進学する学生のみならず、デザイン、ビジネス、エンジニアリングの実務経験をもつ社会人にも広く門戸を開いています。そのために昼夜開講体制を敷き、キャンパスも都心の市ヶ谷駅に近い千代田区富士見に置くことで、社会人でも受講しやすい環境を整えています。

研究室ではシステムデザイン研究科の目的のもと、“安全と安心のシミュレーション”をキーワードに、次の2つの教育・研究を行っています。
1)ある物体がどのくらいの力で壊れるのか、その安全性の確認のための力学的な構造デザイン
2)行動科学的なシミュレーション

教育方法は、知識偏重にならないよう、プロジェクトベースドラーニング(PBL)に近い方式を採用し“必要な知識は自らが学びとる”ことで、能力を身に付ける方法を採っています。

力学的な問題では、斜面の崩壊時にどういう対策を取ればいいか、壊れるものをどう安全確保していくのかという具体的なケースの研究と、そういう現象をシミュレーションするためのツールの開発を進めています。研究室で開発した「不連続性体解析手法」や「破壊現象シミュレーションシステム」をさらに高度化し、ものが壊れる際の安全性を確認するためのツールを開発し、具体的事例に適用することで安全性や対策を確認しようというものです。 このため不連続性体の解析に、剛体ばねモデル(RBSM)という手法をさらに発展させた新しいハイブリッド型ペナルティ法(HPM)の研究を進めています。


図1 「不連続性体解析手法」によるコンクリート梁の引張破壊解析 図1 「不連続性体解析手法」によるコンクリート梁の引張破壊解析

不連続性体解析手法を応用したパニックシミュレーションで
災害時の安全を確保

“安全と安心のシミュレーション”の1つにパニックシミュレーションがあります。これは、すでにあるツールを使い、火災や地震などが発生した際の避難の仕方や避難経路の確保に役立てるための研究です。

例えば、小学校などの校舎で2階や3階から避難するときに、階段と救助袋(緊急時に高所からの脱出用袋)の設置場所によってどう避難効率が変わるかというシミュレーションです。もう1つは、誘導方法の研究です。災害発生時には、先生や警備員が「あっちへ逃げてください」と避難路を指示する指差し誘導と、先生等が引率する吸着誘導がありますが、誘導する人をどこに配置し、どうしたら一番効率的に避難できるかという研究です。

パニックシミュレーションは、私の基本的な研究テーマである不連続性体解析の手法を応用したものと考えることもできます。不連続性体力学というと、従来は土砂や岩盤等が重力によってどう転がっていくかを調べるものでした。それに対してパニックシミュレーションは、自律し意志を持つ人間の行動をシミュレーションするものです。

図2 避難シミュレーション 図2 避難シミュレーション

「不連続性体解析」と「パニックシミュレーション」は全く関係ないように思えますが、不連続性体である砂のようなバラバラな粒子1粒1粒を自律させて動かすことで、人の行動をシミュレーションすることが可能になりました。

パニックシミュレーションは、地震や火災などに限らず、さまざまな用途に応用可能です。例えば、イベント会場など大勢の人が集中する場所での警備や人の誘導、ラッシュ時の改札口のコントロール(どのゲートを入口、出口にするか)などは、これまで経験で行われており、あまり根拠がありませんでした。これらをパニックシミュレーションで検証すれば、定量化することが可能となります。また、通路に障害物をあえて置くことで、逆に渋滞を起こりにくくするということもあります。例えば、スーパーマーケットのレジは障害物ですが、これを上手く配置することで、パニック時に人の動きをコントロールできるということもわかってきました。これは室内のレイアウトに役立てることができます。このように、これまで定量化できなかったことを定量化したのが行動科学のシミュレーションです。

パニックシミュレーションには、アメリカで開発されたシミュレーションソフトウェアを使っています。従来はこうしたソフトウェアの開発も自分たちで行っていましたが、優れたツールがあれば、より速やかに応用分野の研究を進めることが可能だからです。このソフトウェアでは、自分で行動パターン(ある程度の人をランダムに徘徊させることも可能)をシナリオ化、最適化して、最適な避難路を導き出すことができます。

ファジー推論を用いた雪崩危険度判定システムで
スキー場の安全確保を図る

不連続性体力学の応用の1つとして、スキー場における雪崩による被害を未然に防ぐためのシステムも開発しました。これは天候、気温、積雪量、降雪量などの気象条件と、その場所の地形、植生をデータベース化し、ファジー推論を用いて危険度を判定、雪崩の発生確率が高いときにコースを閉鎖したり、パトロールを強化して、人的被害をなくすことを目的としています。新潟県のスキー場で行ったものですが、その地点の気象、植生、地形等のデータベースをつくることから始めなければならず、開発までに7年を要しました。

図3 雪崩シミュレーション 図3 雪崩シミュレーション

推論にあたっては、気象条件は降雪量、天候、連続降雪時間、気温、積雪量について、地形条件は斜面の勾配、標高、風、雪庇の発達しやすい場所、環境条件は植生の疎な場所、低木・草等の場所等を考慮した上で、①降雪量の感覚表現、②連続降雪時間の感覚表現、③気温の感覚表現、④積雪量の感覚表現、⑤斜面勾配の感覚表現、⑥植生による摩擦力の感覚表現の6つについて、「極めて安全」から「極めて危険」まで数段階にランク付けし、それらを合成することで危険度を判定するというものです。本来はシミュレーション技法を用いてやりたかったのですが、雪崩に関しては分からないことが多く、現地にダンプカーを埋め、ある程度の積雪量に達したら荷台を持ち上げて雪がどう流れるのかを調査したり、ダイナマイトで実際に雪崩を発生させるなど実験も行いました。ただ、雪崩の発生は気象、地形、植生によって異なるため、このシステムをそのまま他のスキー場に適用することができません。その代わり、この研究開発を通じて雪の強度を図る試験機を開発しました。未解明な部分が多い雪の挙動などに関する研究の一助となるものと思います。

骨の計算力学の応用で顎関節の接触圧解析システムを開発

計算力学の1分野として取り組んでいる研究に、バイオメカニクスがあります。これは骨の力学(整形外科計算力学)と言われるもので、これまで股関節、膝関節について研究してきましたが、最近は顎関節の研究を行っています。これは顎関節症が最近増えていることから、骨の計算力学の応用の1つとして金沢大学医学部と共同で取り組んでいます。

顎関節の接触圧解析システムは、剛体ばねモデルを適用したもので、レントゲン写真をもとに接触部の位置データ(下顎頭、第2臼歯、下顎角)を指定し、下顎骨と頭蓋骨を2次元剛体要素に置き換えました。接触部には法線方向に抵抗する垂直ばねを設け、歯牙部には法線方向のばねに加え、接触方向に抵抗するせん断ばねを設けました。一方、外力は、咀嚼筋の上下運動を仮定して作用させるものとしました。解析法には応力遷移法を適用したため、はじめにこれらのばねに抵抗する反力を一旦計算します。
このとき、接触部に生じた負の反力や歯牙部のせん断力は実際には働かないため、これらの力がほぼゼロになるまで収束計算を行い、最終的な筋力や接触圧力分布を求めるというものです。

図4 顎変形解析シミュレーション 図4 顎変形解析シミュレーション


入力は、パソコン上のレントゲン写真の上に表示されるスケールに、基準値を2点、下顎頭3点、第2臼歯2点、下顎角の8ヵ所をマウスでクリックするだけで、その他のデータはプログラムに組み込まれているため、入力する必要がないという簡単なものです。
また、解析結果については、リアルタイムに数値データと図形データが画面に表示され、ユーザーはこれらの結果を見て、位置データの再入力ができるなど、対話性を重視したシステムになっています。
このシステムを用いれば、筋力の方向が若干あいまいであったとしても、歯牙部の生じるせん断力を筋力によって打ち消す収束計算により、比較的容易に下顎骨が安定する筋力を推定できます。
この解析システムは計算力学的にはすでに完成しており、現在は金沢大学医学部で臨床データとの検討を行っている段階です。

今後は医療情報システムの高度化の研究も

今、開発を考えているのは、専門領域である力学的な問題ではなく、ITを活用した医療情報システムです。実は先ごろ私自身が手術を受けた際に、こんな医療情報システムがあれば便利ではないかと感じたからです。それは手術を受ける人間の手術前の不安の解消と僻地医療などへの遠隔医療技術の伝達に関する技術です。まだ構想段階ですが、どのような医療情報システムが可能か考えている最中です。

「ものづくりのための計算工学」プロジェクトが始動

日本計算工学会では、本年4月に「ものづくりのための計算工学」という新しいプロジェクトを立ち上げました。これは“ものづくり”のという広い視点からディスカションし、必要に応じて分科会を設けていこうというプロジェクトです。CTCが力を入れているシミュレーションの解の信頼性をどうしていくかというV&V(Verification and Validation)という研究のための分科会もつくろうと考えています。シミュレーションの解の信頼性については、欧米ではかなり進んでいますが日本はこれから研究であり、学会でまずは議論の場をつくりました。「ものづくりのための計算工学」は、このようにニーズを見つけながら分科会を個々に立ち上げていく予定であり、企業の方たちにメインになっていただきたいと思っています。

CTCのコンサルティング機能に期待

CTCとの出会いはかなり古く、大学院のときに論文を書くために当時のCRCにあったCDC6600というコンピュータを使ったことに始まります。最近では、CTCで行ってきたJANIS※の開発にあたり、日本計算工学会内にコンクリート非線形および計算力学の専門家委員会を設置し、JANISに対する開発の技術指導を、当時の法政大学武田洋教授と共にCTCに実施してきました。

※日本計算工学会の支援のもと(独)防災科学技術研究所により開発された非線形構造解析プログラムであり、①鉄筋コンクリート構造物の振動破壊を扱う本格的な3次元コードである、②オブジェクト指向設計に基づきJAVAで記述されている、という特徴を持っている。

アカデミックな場でツールを開発するような場合、ニーズはどうか、使い勝手をよくするためにはどうすべきかなど、企業のコンサルティングがあるとよりよいツールが開発できると思います。しかし、コンサルティングを行うにはツール開発の経験が不可欠です。最近、ツールの開発をする研究者が少なくなってきました。企業もツール開発は時間がかかるため、あまり積極的ではありません。それに対しCTCは、FINASなどツールの開発経験があり、開発に関するノウハウを持っており、我々の持っているノウハウとコラボレーションを図れば、日本初のソフトウェアを開発することも可能ではないかと思っています。

今日、計算力学におけるツール開発で日本は全敗に近い状況です。日本初の特徴のあるツールを開発しないとノウハウの蓄積ができず、衰退の一途を辿るのではないかと危惧しています。CTCには、ぜひ一緒に関わっていただき、新しいツールを一緒に開発していきたいと思っています。そういうコラボレーションが図れることをCTCに期待しています。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
竹内先生並びに日本計算工学会におかれましては、ツール開発の要所要所で技術支援をいただき大変お世話になっています。
“シミュレーション”はCTCのビジネス領域として重要な位置づけであるため、その信頼性を確保・向上するにあたり、先生そして学会との協力関係をさらに築き上げていきたいと考えています。 長い間のインタビューをありがとうございました。 (聞き手:CTC亀岡)

大学・研究室概要 法政大学 大学院
システムデザイン研究科
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