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東京大学 地震研究所 地球流動破壊部門 堀・小国研究室 堀宗朗 教授 様地震による破壊から復旧・復興の疑似体験まで
「センシング&シミュレーション」で研究・開発

お話を伺った方

東京大学地震研究所 堀教授東京大学地震研究所 地球流動破壊部門
堀・小国研究室
堀 宗朗(ほり むねお)教授

専門分野

  • 応用力学・数学
  • 地震工学 E-Defenseプロジェクト
  • 計算工学 地球シミュレータ
  • 計算地震工学 統合地震・自然災害シミュレータ
研究の方向
  • センシング センサ開発・構造センシング
  • シミュレーション 物理過程、非物理過程
  • センシングとシミュレーションの融合

東京大学地震研究所は、大学附置の全国共同利用研究所として、地震・火山現象の解明と災害軽減に向けた先端的な研究を行っています。
また教育機関としては、東京大学の理学系研究科地球惑星科学専攻、工学系研究科社会基盤学専攻および建築学専攻から大学院生・研究生を受入れており、地震研究所の教官はそれぞれの専攻の教官として、講義や研究指導など大学院教育を受け持っています。
地球流動破壊部門の堀宗朗教授は、計測と計算の融合による次世代社会基盤の創造を目標として、社会基盤学やその周辺の計測・計算科学や地球物理学分野をまたぐ研究開発を行っています。
堀教授が取り組んでおられる様々な研究・教育活動についておうかがいしました。

MEMS加速度計やGPS受信機を使ったセンシングシステムを製作

私たちの研究室では、応用力学・数学と計算工学をベースに、地震に関わる問題の解決を図ることを、「センシング&シミュレーション」という観点で進めています。

「センシング」については、地震研究所の小国准教授や東京理科大学の佐伯講師と一緒に、土木構造物に取り付けるセンサーを実際に作ることに取り組んでいます。ややもするとでき合いの装置を買って測定しますが、学生の教育や技術力の向上を考えると、どこかに自前の技術が培われることが望ましいと思います.そこで市販のMEMS加速度計やGPS受信機を使って自分たちでセンシングシステムを作るようにしています。例えば,カーナビ用パッチアンテナを使って精度がミリ単位のGPSセンサーを数万円で作ることができます。この性能を出すには普通は100万円単位のハードウェアとソフトウェアが必要です。センシングの時間が数分かかりますが、このセンサーでもかなり使えますよ。

GPSセンサーを土木構造物に取り付けると、例えば橋脚などが、地震の後でどのくらいずれたかなどを測ることができます。そのためには構造物全体に多数のセンサーを取り付け、しかも長期間設置しておかなければなりません。そうなるとあまり高価なものは使えません。その点、我々のセンサーは安価で高精度。電源さえしっかり確保できれば高精度でデータがとれます。

GPSデータ解析のためのソフトウェアのアルゴリズムは佐伯講師が開発しており、このセンサーはエネルギー、建設、運輸などさまざまなフィールドで活用される可能性があると考えています。

写真1:開発されたセンサーの例 写真1:開発されたセンサーの例

「シミュレーション」でさまざまなレベルの破壊を解析

「シミュレーション」は、物理過程のシミュレーションと非物理過程のシミュレーションに分けられます。物理過程では、材料レベル、構造レベル、列島レベルそれぞれの破壊のシミュレーションに取り組んでいます。

材料レベルでは、後でお話ししますが、破壊現象を解析するための新手法開発に取り組んでいます。

構造レベルでは、地球シミュレータを使ったり、ペタマシンプロジェクトに関わったり、防災科学技術研究所のE-ディフェンス(実大三次元震動破壊実験施設)を利用した数値震動台プロジェクトにも参画しています。

E-ディフェンスは世界最大の三次元震動台です。実大規模の建物(木造建物2棟分、中層RC建物もそのまま)に阪神大震災級の地震の揺れを与えて、その揺れや損傷・崩壊の過程を計測できます。しかし、いくら大きいといっても、明石海峡大橋や超高層ビルを載せて揺らすことはできません。そうした巨大構造物を解析するにはシミュレーションしかありません。慶応大学の野口教授と共同で、震動台での実験結果をもとに、このような巨大構造物の地震応答や破壊過程を計算する超大規模数値計算シミュレーションを開発しています。現状では1億自由度くらいまで計算できそうですが、それをさらに増やそうとしています。このような計算では超高層ビルを揺らしたとき、建物や中の設備、さらには揺れを受ける人の感覚がどうなるかということがわかります。計算工学はこういうことができるのだということをお見せできるようになるのです。

列島レベルでは、ひずみや応力の分布を使って、日本列島の地殻変動をモニタリングしています。これは地震研究所の加藤教授や東北大学の飯沼研究員との共同研究です。地震研究所のWebサイトには、毎日、「きょうのひずみ分布」が掲載されています。国土地理院が出しているGPSデータを取得して、新しい解析手法を使って表示しています。この解析手法は、ひずみの面分布によって応力を推定することができるので、金属や地盤の材料試験にも使用されており、将来的には生物や医療系にも応用できるのではないかと考えています。

図1:地殻変動モニタ 図1:地殻変動モニタ

統合地震シミュレーションを開発

物理過程のシミュレーションの1つに、街を丸ごと揺らす「地震動と地震応答」のシミュレーションがあります。

その結果は、みなさんが防災について考えるときや、模擬訓練、企業のBCP(事業継続計画)など様々に役立てることができると思います。特に経営者には見ていただきいですね。いざというとき、事業所がどうなるかという細かいストーリーをしっかり見ることができるので、説得力があります。

東京工業大学の市村准教授と一緒に,統合地震シミュレーションと呼ぶ大型シミュレーションシステムを開発しています。GIS(地理情報システム)上に、多数の数値解析手法を組み込んで、地震災害や被害を都市丸ごと計算するものです。建物・構造物、一棟一棟に対して、入力となる地震動やその応答を高い分解能で計算します。高精度のGISデータが日本の主要都市で整備されていますから、やろうと思えば、どこでも計算して可視化できます。例えば、07年7月の中越沖地震が東京23区で起きたら、あるいは自分の住む都市で起きたらどうなるかをシミュレートすることができるのです。

その結果は、みなさんが防災について考えるときや、模擬訓練、企業のBCP(事業継続計画)など様々に役立てることができると思います。特に経営者には見ていただきいですね。いざというとき、事業所がどうなるかという細かいストーリーをしっかり見ることができるので、地震や地震の被害を詳しく勉強しなくても簡単に理解することができます。大学の先生や企業の研究者の力を借りて 「安全な社会研究会」というNPOを作り,シミュレーションやその利用の研究を行っています。

図2:地震応答シミュレーション 図2:地震応答シミュレーション

さらに、エージェントシミュレーションという新しい手法を用いて、人々が都市の中を避難する状況や、技術者・労働者が都市を復旧する過程も計算できます(非物理過程のシミュレーション)。

例えば、地下街での避難シミュレーション。日本の地下街は上に大きなオフィスビルがあるので、地震のときに避難が混乱することが懸念されています。また、バリアフリー化によっていろいろな人が街にいるようになり、今までとは違う避難のあり方を考える必要もあるかもしれません。実験をするわけにいきませんので、エージェントを使ったシミュレーションで検討することができます。いままで行ったシミュレーションでは、どこにいったらいいかわからなくなって迷走する“エージェント”が一番多いようです。従来から言われている「避難のパニックを防ぐのは誘導である」ということを裏付けるような結果です。

図3:避難シミュレーション 図3:避難シミュレーション

センシングとシミュレーションの融合という観点から我々のグループが取り組んでいる課題は、統合地震シミュレーションを発展させ、多くの人が自然災害による被害やその復興過程を疑似体験できるようにすることです。現在のように高度に情報化された時代に、地震や洪水、火山噴火が起こったらどうなるか、被害はどの程度なのか、自分たちの生活はどうなるのか、そういうことが疑似体験できます。「グーグルアース」や「セカンドライフ」にそういう機能があれば、教育用には非常におもしろいと思いますね。

地震防災についてのもう1つの視点は、復旧戦略・戦術の良し悪しの判断です。復旧戦略・戦術はややもすると「でたとこ勝負」です。復旧過程のシミュレーションを開発し、最適の戦略・戦術が見つけられればと考えています。また、海溝型地震で広範囲に被害を受けたときには、復旧のための人的資源が足りないことが懸念されています。いま日本では、建設産業全体が縮小し、高度な技術を持った技術者や熟練した労働者が減ってきているからです。復旧過程のシミュレーションを使って、人的資源がどの程度足りないかを明らかにし、事前の対応策を検討したいと思っています。

破壊現象を解析するための新手法:FEM-β

構造物の崩壊など破壊現象を解析するための新しい手法として、地震研究所の小国准教授やJAMSTECのラリス研究員と一緒に、粒子離散化手法を組み込んだFEM-β(特性関数を形状関数とする有限要素法)を開発しています。粒子離散化手法とは特性関数を使った離散化です。これをFEMに組み込むと、ごく簡単に言えば、要素がすでに切れた状態に対応します。このため、亀裂の進展が非常に簡単に計算できます。途中までは普通のFEMと同じですが、亀裂が進展すると、それに応じて剛性マトリックスが低下します。この低下量は厳密に計算され、亀裂先端の特異性もそこそこの精度で計算できます。破壊のシミュレーションについて光弾性実験の結果と比較し、良好な一致を得ています。

図4:光弾性実験との比較 図4:光弾性実験との比較

特性関数を使って関数を不連続に離散化する粒子離散化手法は通常の離散化とはだいぶ異なります。しかし、いろいろ計算すると、FEMに組み込めば同じ剛性マトリックスが導かれます。この点は感動的でした。この離散化手法については説明に苦労しますが、亀裂の進展経路や材料の局所的ばらつきの影響が簡単に計算できるため、関心を持って下さる研究者は増えているようです。FEM-βは、ADVENTURE(汎用計算力学システム)に組み込みたいと考えています。

最も大切なのは「抽象化」

当研究室では、「知識よりも知性」と「具体よりも抽象」を教育方針として掲げています。

「知識よりも知性」とは、浅薄な知識を身につけるよりも、論理的に考えることができるようになりなさい、ということ。折角、知の府たる大学にいるのですから、結果を気にせず、自分で考えるという過程を大事にしなさい、と思っています。勿論、自分への戒めです。「具体よりも抽象」とは、具体的なものだけにとらわれずに、抽象的に物事を考えなさいということです。大学院で2年間学んだ経験を、その後の何十年かにわたって活かそうと思うならば抽象化がもっとも大事だと思います。例えば、全く異なる事象に同一性を見て取れるようにするには、抽象的に考える訓練が必要です。算数は、2羽のニワトリと2個の石ころが同じ「2」であると気がついたときに始まったといわれています。これぞまさしく抽象化です。シミュレーションについても非常に抽象的なことをやっているわけです。しかし、なかなかそのようには意識できなくて、つい力学のシミュレーションにのめりこむと力学だけしかできなくなってしまう。それではちょっともったいない。力学だけにとらわれないで、シミュレーションをベースにもっと広く社会に目を向けられるようになって欲しいと思っています。

CTCへの期待――長期的視点を持った取り組みを続けて欲しい

CTCには、日本を代表するソフトウェアカンパニーとして、ぜひ長期的な視点を持って欲しいと思います。特に防災関連の技術は、なかなか短期的には結果が出ないものです。それでもシミュレーションへの取り組みはぜひ続けていただきたい。そうすることによって、信頼度が高くなると思います。バックにある技術は世界に真似できないものなのですから。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
計算科学をビジネスの柱とし、耐震や防災を事業領域としている我が社にとって、シミュレーション分野で先駆的な研究を続けておられる堀研究室の研究成果は非常に参考となるものです。また、粒子離散化手法を組み込んだFEM-βにつきましても、これまで我が社で主にDEM(個別要素法)を適用してきた非連続体問題に対して、非常に有用な手法であることが示唆されます。今後の研究の発展を大いに期待するものです。
長い時間のインタビューをありがとうございました。(聞き手:CTC亀岡)

大学・研究室概要 東京大学地震研究所 堀・小国研究室 
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