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九州大学大学院 工学研究院 環境社会システム部門 地圏環境研究室
江崎哲郎 教授 様
GIS(地理情報システム)の高度利活用を目指す先進的な取り組み

お話を伺った方

九州大 江崎哲郎教授 江崎 哲郎(えさき てつろう)教授


九州大学環境システム科学研究センターは、地域から地球規模に及ぶ環境問題を解決するための研究が社会的に求められていることから、平成10年4月に、旧環境システム工学センターを改組拡充して現在に至っています。4つの研究部門に8つの研究分野を有し、それまでの地域や都市の環境問題に関する研究をさらに発展させ、地球環境問題にも関連した先端的、分野横断的な研究・教育を行っています。

江崎哲郎教授が率いる環境社会システム部門地圏環境研究分野(地圏環境研究室)は地圏(地表および地下)の開発と環境の調和を目指し、開発に伴う自然環境の変化の予測・緩和方法、地圏の有効利用技術、地盤環境の保全・監視方法などを研究しています。

地圏環境研究室はGIS(地理情報システム)を用いた研究で、多くの優れた実績を上げていることでも知られています。2006年7月に当社が開催した【CAD/GIS/CAE Solution Fair 2006】では、江崎教授に「建設技術におけるGISの高度利用」と題する基調講演を行っていただきました。今回は、同研究室のGISへの取り組みについてお話を伺いました。

【CAD/GIS/CAE Solution Fair 2006】
2006年7月28日(金)、CTCおよびAutodeskのデザイン/シミュレーションツールによる土木設計、解析事例を紹介するセミナー【CAD/GIS/CAE Solution Fair 2006】を開催いたしました。当日は、多数のお客様にご参加いただき誠にありがとうございました。参加されたお客様には、最新のモデルベース設計、デザイン&シミュレーション連携のワークフローをご覧いただき、質疑応答も、九州大学江崎先生を交えて活発に行われました。

20年前からGISの高度利活用に取り組む

私たちが、GISに取り組んでもう20年近くになります。地盤工学の分野へのGISの利活用の“はしり”といえるでしょうね。

私の専門の地盤環境工学は、土木工学、資源工学、応用地質学それに地理情報学という分野にまたがっています。それまではテーマごとに個別に数値解析を行っていたのですが、いろいろな現場で、地形,地質、ボーリング、観測データなど多くの情報があり、それらの情報を取り込みながら、個別に行っていた数値解析を1つに扱えないだろうか、またそれらの地図・図面を中心とした自然環境、社会環境および専門技術に関する各種情報を共通に使えるようにデータベース化したいということになり、GISに取り組むことになりました。私たちはこれを「GISの高度利活用」といっています。

幸いなことに約20年前に“環境情報システム”という特別設備を購入する機会を得ました。そのなかにESRI社の「ArcInfo」もありました。当時、ArcInfoを使いこなせる人は国内ではほんの数名。私たちはコンピュータの専門家ではないので、当初はコマンドを入れても何の反応もないというようなこともあり(笑)、米国本社に問い合わせながら苦労して少しずつ使えるようになったのです。

最初は、佐賀・筑後平野の広域地盤沈下の解析に応用しました。筑後平野の下には三池炭田があり、海底炭鉱の地盤沈下が問題となっていました。石炭の採掘による地盤沈下の予測は私たちの研究室のルーツといえるテーマです。GIS導入の目的の1つは、筑後平野の三次元FEMモデルを作る際に、GISとFEMをカップリングさせようということ。もう1つは、すでにGISのプロトタイプに相当するものを自分たちで作っていたので、それをGISに移植しようというものでした。

地表の地図に、地下の石炭を掘った採掘図を重ね合わせることは、以前から手作業で行っていました。それをPC9801のグラフィック機能を使って重ね合わせることを考えつき、プログラミングしたのがGISのプロトタイプのようなものです。手作業をPCに変えたら、効率が3桁上がり、さらにPCからGISに変えたら、また3桁上がりました。この沈下予測システムは、欧米の従来型の方式と比べて格段の性能を持っており、中国、ベトナムで使われ始めました。他の途上国も露天堀から坑内堀へと変わってきており、システム提供の問い合わせが多い状況です。

 Synthesis Subsidence Prediction Method due to Underground Mining integrated with GIS

こうして取り組み始めたGISの利活用ですが、20年の間にさまざまなテーマが出てきて、いまは十数個のテーマがあります。最初は建設や開発が中心でしたが、次第に環境・防災、安全・安心な社会とか、土地利用,自然の修復・再生などにテーマが広がってきています。

土地利用の変遷と自然災害の関係をGISの切り口で明らかに

いま特に力を入れているのが、土地利用の変遷と自然災害の関係です。自然災害も最近では環境問題に含まれるようになってきました。「ゆっくりと遷り変わる自然の急激な環境変化が自然災害である」という考え方です。例えば自然斜面は、長い地質時間の過程ではいつかは壊れます。それが時間的に急激に起こるのが災害というわけです。土地に人間が手を加えることで壊れやすくなったり、危ないところに家を建てるため結果的に災害になるのです。科学技術すなわち人工物で抑えこむには限界がある、だから情報技術を使って危険を知り、避けていこうという方向に、私たちの環境問題の研究はシフトしています。

DEVELOPMENT OF GIS-BASED SPATIAL THREE-DIMENSIONAL SLOPE SPATIAL STABILITY ANALYSIS SYSTEM:3DSlopeGIS SYSTEM 

1999年に記録的な大雨で博多駅周辺のビルが水没したことがありました。あのとき御笠川の最大流量は1秒間700トンに達しました。現在はその最大流量に対して治水対策が行われています。
私たちはGISを用いて50年前、100年前の福岡平野の土地利用図を再現してみました。そこに同じ大雨を降らせると毎秒500トンくらいしか流出しないのです。つまり福岡平野が開発されたため、下水道などから流出が多く、かつ早くなり、また田畑など貯留するところがなくなって流出量が増えたのです。私たちはそうした面も考えて、700トンという最大量への対策を立てる方向だけでなく、他の方法で流出量を減らせないか、また、昔の状況に戻せないかという提案をしています。

「景色がいい」とは? 空間の定量化方法を開発中

GISを使った次の大きなターゲットは、空間の定量化の方法です。JACICの研究助成事業として「地表空間の立体的定量化方法の開発」という研究を行っています。自分の目の高さを1.5mとして、ぐるっと周囲を見回して、空や自然、人工物がどのくらいの割合で見えるか、距離の要素も入れて計測します。これをすべての場所から行って、 「快適な空間配置」や「景色がいい」というのは、どんな状況,構成なのかということを定量化しようとしています。例えば大平原の真ん中では、低い目の高さから見えるのは、ほとんど空です。空間は広大ですが、それは決してよい空間ではないと思います。また、高いビルの近くに立てば、建物が迫っていて圧迫感がある。さらに地下空間は閉塞感がある。これらが定量化できれば、市街地の容積率を上げたら景観がどう変わるかとか、派手な構造物や屋上の広告看板が全体としての都市景観にどのようなインパクトを与えているかなどについて、快適空間創りに具体的指標をつくることができるわけです。

都市計画の分野では、私たちの考えているような定量化はあまり考えられていないようです。ある限られた代表的地点から見た写真やモンタージュを作って個別に専門家の優れた感性などに委ねるというやり方のようです。日本国中が雑然とした個性豊かな(?)都市になっているように感じられる今日、この限られた専門家の感性を含めた技術を広範に適用するなど、もう少しいろいろなことがやれるのではないかという気がします。この研究は、景観や自然の復元をやっている方たちの意見を聞きながら進めています。

研究会でGIS技術のスキルアップ

私たちの研究室は、この20年近くGISに一所懸命取り組んできました。GISのスキルについてはいちばん中身があると思っています。

欧米ではいまGISツールがどんどん進化しており、社会的にも注目されています。それに対して、最近の日本のGISはあまり進歩がないように思います。例えば、米国や英国の商業ソフトは日本の大学にもかなり売れているのに、それを使った論文は少ないし、10年以上前と同じような使い方しかしていない。そこがいま国内の一番の問題です。

私たちは欧米のGISの先端技術に遅れないようについていこうと懸命です。そして新しい技術を習得して、GISと専門技術の融合,すなわち私たちが「GIS thinking」と云っている思考経路で考えて、いままでできなかったいろいろなことを実現しようとしています。かれこれ10年にわたって、GIS基礎技術研究会を主催して、GIS技術の普及・人材育成にも力を入れてきました。ここでは、自分たちで作った教材で、学生たちが社会人や他大学の研究者にGISの技術を教えたり、使い方の相談にのったりしています。技術や研究での先輩方に教えることによって、学生たちにもほんとうに技術が身につき、自信がつくのです。

GISは多くの分野を串刺しする基盤技術

GISの利活用にあたっては、自分で技術を持っていることがいちばん大切だと思います。自分で技術を持っていれば、専門的にいろいろとやりたいことを実行できます。研究者たちが自分でGISを使えるような環境をつくることが、GISが進歩していく条件だと思います。また、すでに国や自治体で多くの投資がなされているGIS情報システムに着実にデータを蓄積して、持続発展させ、データをどんどん使って付加価値を高めることも社会基盤として肝要です。

私はこれまで建設、環境、災害などのいろいろな現場をたくさん歩いてきました。そこでは、何がほんとうに求められているかということを常に考えることが大事だと思います。自然斜面の崩壊が問題となっている現場では、必ずしも2次元断面の安定計算が求められているわけではありません。計算に選んだ断面がもっとも危険な断面なのでしょうか? 市民や行政の方が求めているのは、その問題となっている斜面の領域のなかで危険な場所はどこか?どのくらいの規模で壊れるか?いつ壊れるか?を知りたいのです。GISを高度に利用した解析によって、その答えを出せるようにするのが私たち研究者・技術者の役割だと思います。

アメリカでは、GISを経済、政治、文化を含め、いろいろなものに使っていこうという動きがでてきています。GISは多くの分野を串刺しにする基盤技術だということです。日本でも今後こういった方向になっていくでしょうね。GISを単なる表示技術、その場所のデータを得るためだけの技術として捉えるにとどまらず、GISで何をするかをしっかり認識して、GISと向かい合って考えることが大切です。

CTCがCAD、GISとシミュレーションのCAE技術を設計課題・環境問題解決に高度に活用していくセミナーを開催するなど、私たちの研究と同じ方向を向かれたことは、たいへん嬉しく思っています。そうしたことを先導的にやっていただくと、今後の日本のGIS発展のために大いに役立つと期待しています。

GISを利用したユニークな事例

 岩盤亀裂面の力学・透水カップリング試験の可視化

スウェーデン王立工科大学、フランスのJ.フーリエ大学との共同研究によって亀裂面の力学特性と透水特性を同時に求める試験方法を確立しました。この際に、亀裂の内部を水が浸透して核物質などが移動していく様子をGISで再現。小さな試験体にGISを適用しモデル化。こうした使い方は世界中他にないとESRI社からも賞賛されました。

SHEAR-FLOW COUPLING PROPERTIES OF ROCK JOINT 

GIS基礎技術研究会を主催

GIS基礎技術研究会は、毎月第3土曜日に開催。発足以来10年になり、これまでの講演回数は100回を数えました。GISの先端にいる専門家を招いての講演や事例発表、また、研究室独自教材を使っての実習を行っています。会員はあまり多くならないように制限していますが、東京などから毎回参加する方もおられます。会員の技術をも進んでおり、さまざまな分野でGISが積極的に推進され、質的にも優れた応用研究・技術開発がなされています。

インタビューを終えて │ 後 記 │Editor's notes
江崎教授が取り組んでおられるGISの高度利活用は、私たちCTCの目指す方向の1つ指針と考えています。今後、次世代CALSも含めて重要な要素技術であるGIS。専門家のための分析ツールから、問題解決のための先進的な能力を付与する意思決定支援システムとして、より幅広く高度な活用が望まれています。
GIS研究者の夢は、コンピュータのなかに町を作り、空間そのものを再現して、自由な切り口でのぞくことと聞いたことがあります。空間の定量化は、まさにそういうことを表しているのではないでしょうか。
長い時間のインタビュー有難うございました。(聞き手:CTC村中)

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